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2010年2月23日 (火)

歌の龍王【35】野望の姫(4)

赤の風虎

甘やかな言葉を弄する前に
行動あるべし。

 回想は続く。

 火龍のような姫。
 カスリーンを言い表すならば、まさにその言葉こそ適切であっただろう。
 わずか数カ月であったが、ザンダルはカスリーンの家庭教師を務めた。
 カスリーンは熱心な生徒であったが、燃えるような野望が彼女の言動をねじ曲げていた。
「王になる術を教えよ」
という言葉は13歳の若き姫君には不似合いなものである。
 だが、ザンダルは問わなかった。

(あの時、幻視(み)えてしまったから)

 血まみれの寝間着をまとい、きっと立つ幼いカスリーンの姿が。
 その足元に倒れる若い侍女の姿。
 絨毯の上に流れる真紅の血潮。

(暗殺? 政争?)

 いずれにせよ、幼い彼女を悲劇が見舞ったのだ。
 少女は、幼少にして死を目撃したのだ。
 おそらくその侍女は彼女の代わりに死んだ。
 彼女の犠牲になって。

 想いの出発点について、カスリーンは何を語らない。
 だから、ザンダルも問わない。
 だが、そこには火龍のような想いがあった。

(火龍であれば……)

 ザンダルはそこで少し気が楽になった。
 人とうまく付き合うのは難しい。
 だが、火龍なら「分かる」。
 いや、それなら動ける。
 青龍座の魔道師としての自分が魂の中心で頭をもたげる。
 冷徹な狂気。
 それは火龍の印。

「王になるためには、いくつもの条件を整えなくてはなりません」
 ザンダルの言葉は、一切の感情を排した冷徹な物となった。
「そのために、『王』というものを定義しましょう。
 王、とは一定範囲の領土とそこに属する領民を支配する最高君主です」
「一定範囲とは?」
「国の大きさです。現状、王国を名乗っている他の国々を鑑みるに、ユパ王国の4分の1もあれば、よいでしょう」
「これが目標となります。
 では、それを実現するためにいくつかの方策があります。
 まず、ユパの王になるという可能性はずいぶん低いものです。
 すでにユパ王家がある訳ですから」
「北原にあるユラス男爵は、主家を滅ぼし、領地を支配していると聞くぞ」
 カスリーンは言った。
 大胆な発言である。
 北原の最北端、闇と寒気が支配するユラス男爵領は、名前こそ男爵領であるが、主家であるナセンシア大公家を滅ぼした黒騎士ベルガード・ユラスが支配する独立国家である。
 そのユラスに習うということは、反逆の意図ありとして処刑されてもおかしくない発言だ。
 だが、ザンダルは気にしない。
 火龍とは、おのれ以外に縛られぬ生き物だ。
 カスリーンが火龍ならば、このような大胆な発言もしかたない。
 それでも、一応、釘を刺すことにした。
「ベルガード・ユラスは、魔族に魂を売った怪物でございます。
 姫にそのお覚悟はございますか?」
 ザンダルの問いに、カスリーンはしばし沈黙した。ベルガード・ユラスは魔族に魂を売り、闇に潜む怪物となってすでに200年の長きに渡り、ユラスを支配してきた。
「それしか道がないなら」とカスリーンは言葉を搾り出す。
「魔族に魂を売ろう。それで王になれるなら」
「分かりました。
 ですが、魔族は私の専門ではございません。
 魔族にも色々ございますから、最後の手段として、他の手段を検討いたしましょう」
 そこでザンダルは姫をじっと見た。
 目つきが厳しいものの、公爵家が育て上げた少女は輝くように美しい。おそらく武芸の訓練で鍛え上げたのであろう身体は、鹿のようにしなやかで、それ故に、胸も腰も美しい曲線を維持している。
「姫は女性でございますので、政略結婚で王妃を目指すという可能性がございます。
 選択肢はユパ、あるいは、他の国家ということで検討いたしましょう。
 ユパ王家の現国王モルドス・アル・ユパ陛下はすでに41。マイオス王女アリエンス様との間に2男3女。この夫婦に介入することはまず無理でございます。王太子タルドン殿下はメジナ大公家キリア家の姫を娶られました。次男ハドン殿下は未婚でございますが、こちらもスイネ大公家との縁談が進んでおられます」
「可能性があるのは、庶子のストラガナ侯だけだ」
 カスリーンは吐き捨てるように言う。とうに検討済みだったのか、実際に縁談話が出ているのか?
「ストラガナは、西方ガラン族から来た第三夫人との間の子だ。
 ガラン族騎兵にはずいぶん人気がある」
 そういうカスリーンの顔にはやや苦いものがある。
 誇りが許さぬようだ。
「あれは、部下としてはよいが、王にはなれぬ」
 そう付け加えた。
 ザンダルは黙って瞑目した。
 カスリーンの交友関係は多少把握している。軍馬の訓練で、4歳年下のストラガナ侯としばしば馬場で会っているし、ストラガナはカスリーンを姉のように慕っている。だが、その出自、血脈ゆえに、ユパ王となれる可能性は非常に低い。正嫡のタルドン、ハドンが壮健なだけに可能性は低い。
「では、現ユパ王家に参入する案は横に置きます。近隣の王家に輿入れする可能性については、調査しておきますが、同様の状況であると考えます」
「わらわは、王になれぬか?」
「いえ、まだ可能性の検討は終わっておりませぬ。
 王の定義をそのまま受け取るならば、姫が王になる道はまだ三つあります」
「三つもあると?」
「あくまで可能性ですが。
 第一の策は、ユパ王家を滅ぼし、ユラスに習う道でございますが、これはまさに謀反。王冠の公爵家も、ガラン族騎兵も、いえ、姉上、兄上、ご両親も賛成はなさいますまい。口にするのもこの場限りで、今後一切語るべきではございません」
 ザンダルの言葉にカスリーンは深く頷いた。
「二つ目の策は、ガラン族のつてを辿り、西方草原へ向かうことでございます」
「この国を捨てろと?」
 カスリーンの反応は激しいものだったが、ザンダルは気にしないで続けた。
「ここ、ユパ王国には王がおります」
 それはすでに検討したことだった。
 王位を奪う、という選択が出来ないなら、王のいない場所へ行く。
 魔道師学院で学んだ論理思考がザンダルを導く。
「そして、王のいる場所へ輿入れして、王家を乗っ取るのも難しい。
 それは王がすでにいるからです。
 では、王のいない場所に乗り込みましょう」
「王のいない場所だと?」
「ええ、ユパに関わる領域で、二つの地域が検討に値します。
 そのひとつが西方草原です。
 かの地には、祖先たるユパ王が支配した領地がございます。臣下となるのは騎馬の民のみ、領地は果てしない草原でございます。故郷に帰りたいと思うガラン騎兵隊数百名、さらに姫の傘下に集う騎士とその一族が100もおれば、かの草原で騎馬の一氏族を起こし、覇業に取り掛かることもできましょう。
姫は王となれます」
 そこでカスリーンは、一瞬、夢見るような目をした。
 カスリーンはこの国を出たことがない。
 だが、王国親衛隊である、西方草原から来たガラン族騎兵との交わりでかの地の話はずっと聞いていた。朴訥なガラン騎兵たちが歌う故郷の歌は草原を吹き渡る風のように自由であった。

(この国は姫には狭すぎる)

 ザンダルは、この選択が姫にとって、もっとも幸せかもしれないと思っていた。この地に残っても、カスリーンに残された道は政略結婚の道具になるか、自ら武器を取るだけだ。どうせ戦うならば、ユパ国王の遺産が継承出来、ストラガナ侯のつてまで使える西方草原にこそ夢がある。
 だが、別の冷たい予感があった。
 カスリーンは誇り高い姫だ。
 都落ちのような戦いは選ばないだろう。
「この国を捨てろと?」
 カスリーンは繰り返す。
「そんな不名誉なことが出来るか!」
「分かっております」
と、ザンダルは冷静に答えた。
「三つ目の策がございます。
 ユパに留まり、軍事指揮官として、一定の領土を征服し、独立されればよろしい。
 ありがたいことに、姫は剣の公爵の御子でございます。女性であっても、軍を率いる身になれまする。そして、ユパの周囲、特に東方には蛮族たる土鬼の領地があり、この地の支配はユパ王国の悲願。東方の土鬼を征伐する戦いにはいくらでも大義があります」
 ユパ王国の東は土鬼たちの領土だ。
 東方辺境を守るために、ユパは膨大な兵力を東方に展開している。その統括をしているのが剣の公爵である。その一族の子供たちは実際の指揮官として戦場に立ち続けてきた。時には息子が出来ず、姫が軍隊を指揮したことさえある。現公爵の姉ジリーンも、土鬼との戦いで死んでいる。ゆえに、その姪たるカスリーンにも、軍団を率いて戦うことができる。それだけの訓練も受けてきた。
「それで、わらわは王になれるのか?」
 カスリーンは鋭く言う。
 13歳とは思えぬ眼光だ。
 ザンダルの幻視に、血まみれの寝間着の少女と火龍の瞳が映る。

(ああ、この方はまこと、火龍の魂を持っておられる)

「突出し、ユパと土鬼の領地の間に、緩衝地帯を築くのです」
と、ザンダルは地図の上で南北に指を動かす。ユパ王国の東方辺境に沿って描かれる三日月のような円弧。
「これを公爵家に従う男爵領といたします」
「まず、男爵となると」
「ええ、あとは独立国家とする根回しができればよいのです。
 おそらくは10年。
 10年、この地を守りきれば、国王の代が代わります。
 そこが付け目です」
「10年」とカスリーンはじっと考える。わずか13歳の娘にとって、それは今まで生きてきた全人生に等しい年月だ。
「もちろん、土鬼を討伐して領地を得るのにも時間がかかります。
 おそらくは、それに10年。いえ、15年かかるかと」
「25年か」
 カスリーンはつぶやく。
「お前は、わらわが25年で王になれるというのか?」
 火を吐くようなカスリーンの問いにザンダルは即座に答えた。
「御意」
「では、そうしよう」
 カスリーンはにっこりと微笑んだ。
「お前はわらわが玉座に座るその日まで、側におれ。
 お前はわらわのために戦うのじゃ」

紫の野槌

試すことを恐れてはいけない。
未知の世界にのみ、存在するものもある。

「あれから5年。わらわは軍を率いている。東方辺境軍の一軍団の指揮官だ。コーディスはわらわの側近として騎士100騎、兵2000を率い、さらに、ストラガナ侯よりガラン騎兵500を借り受けておる。すでに、国境の砦を三つ押さえた」
 カスリーンは淡々と語る。
 かつて、13歳の姫君に魔道師が提示した「王への道のり」を着実に歩んでいる。
「私の予想以上でございます、姫」
 ザンダルは正直に頭を垂れた。
「これならば、このような魔族の武器に頼らずとも姫の武勲は約束されたようなもの」
「そうはいかんよ」
と、カスリーンが笑う。
「お前は、わが家族を理解しておらんな。いや、人間をか。
 困ったことに、我が姉上も、野心家でな」

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『歌の龍王』第三十五話です。
 発作的に書き始めてしまった。
 できれば次回は来週に。

*一部誤字修正

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