歌の龍王【37】野望の姫(6)
*
黄の翼人
たとえ永遠に見えても
すべてのものに必ず終わりが存在する。
*
「カスリーンの道を開く時が来たのだ」
黒鉄の姫は宣言する。
鉄の篭手がユパからモーファットへと続く帯状の地域をざっと薙ぐ。
レ・ドーラの荒野だ。
それは火龍の墓場。
遥か古代に、火龍同士が相争ったとされる荒野。
そこには、多くの火龍の屍が積み重なり、火龍の怨嗟の想いが留まっている。
中原南部に位置するユパでさらなる領土を得るためには、背後に山々のあるレ・ドーラの荒野を制圧し、モーファットへの回廊地域を形成する。モーファットまで版図が広がれば、ユパの経済圏は格段に広がる。回廊は新たな街道となってユパはさらなる利権を得る。
「黄金の道です」
かつて、ザンダルはそう説明した。
「では、我が名をつけよう。これはカスリーンの道よ」
13歳の姫君はそう答えた。
(5年間、あなたは変わらなかった)
ザンダルは口に出さないまま、そう呟いた。
これはしかたのないことだ。
おそらく、これもまた運命の綾織の中で、誰かが求めたことだ。
(お前か?)
ザンダルは、はっとしてスゴンの赤き瞳に目をやる。
だが、まがまがしい宝玉は何も伝えてこない。
逆に、その沈黙こそ明白な答えのようにも思えた。
「分かりました」と、ザンダルは深々と頭を下げた。
「カスリーン殿下の仰せの通りに」
「よし」とカスリーンは微笑む。
「では、早速、コーデルとともに戦略を立てよ」
「では、現場を見ましょう」とザンダルは立ち上がる。
カスリーンが目配せする前に、コーディスが立ち上がっていた。
二人の男は無言で東屋を出て行った。
*
赤の野槌
この場所こそ我が故郷。
これだけは決して忘れない。
*
三日の間、ザンダルはコーディスとともに、カスリーンの陣営と東方国境を見て回った。コーディスは生真面目で論理的な考え方をする男だった。剣の公爵の配下として、現場で軍を差配する腕のいい指揮官なのだろう。人の使い方がうまかった。
まず、ザンダルが求めるだろう、軍役回りの数字に通暁した財務官に使者を送り、その後、ザンダルと二人で乗り付けた。
「姫君の軍師となられた魔道師殿である。麾下の軍団の全容をお知らせせよ」
たちまち書類が積まれた。
ザンダルは一部屋を借りて、一晩、それを読みふけった。時折、財務官やコーディスを呼び寄せ、細かいあたりを聞き取ったり、地図と見比べたりして過ごした。
翌朝、書類の手際を褒めた後、一言付け加えた。
「いずれ、大弩を備えた出城を七つ作ります。
経費の試算をお願いします」
財務官は、迷いもなくうなずき、背後に控えた従者から一冊の書類を受け取り、ザンダルに差し出した。
「姫の差配か」
ザンダルの問いに財務官はうなずく。
数字は完璧だった。
「カスリーン殿下への忠誠、確かに見届けました」
次に、ザンダルはコーディスとともに砦を見て回った。
途中で浅黒い肌の少年が馬で追いついてきた。服装からユパの貴公子と知れるが、その顔つきはサイン人ではない。そして、馬を操る様子が尋常でなく、うまい。手綱などほとんど振らぬまま、足の動きだけで乗馬を手足のように操っている。
「これはストラガナ侯」
コーディスが頭を垂れる。
「ははは」とストラガナは笑い、じっとザンダルを見た。「おお、覚えているぞ。こいつだ。5年前に、姉様を教えていた魔道師だ」
アル・ストラガナ侯は、西方草原ガラン族との盟約により、第三夫人としてユパ王に嫁いできた族長の娘メレの息子である。ガラン族の生まれのため、幼少時よりガラン族騎兵に混じり、牧場を走りまわっていた彼は、剣の公爵家とも仲がよく、カスリーンやアイリーンによくなついていた。5年前、ザンダルがカスリーンの家庭教師をしていると、時折、風のように現れ、庭でアイリーンと遊んでいたものだった。
「ご無沙汰しております。アル・ストラガナ侯に置かれましては、5年間で見違えるようなご成長、お喜び申し上げます」
ザンダルも頭を垂れる。
「姉様から聞いたぞ。砦を見に行くのだろう? 私も一緒に行こう」
「ストラガナ殿下、騎兵隊のお仕事はよろしいのですか?」
とコーディスが釘を刺す。
「これも仕事だ。
何しろ、姉様のご命令だ。
『ザンダルに我が軍の威容を余すところなく見せるのだ』と」
最後はカスリーンの口調を的確に真似ていた。
ザンダルは苦笑を押さえた。
そこへ、背後から多数の馬蹄の音が響いてきた。
「また、部隊を置いてきたのか?」
と、コーディスが呆れたように言うと、少年は肩をすくめた。
「ガンツは足が遅い。
ガラン族は風のように走る」
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『歌の龍王』第三十七話です。
短めでも続きをかいていきたいと思っています。
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