歌の龍王【40】龍骨の野(2)
*
黄の黒剣
望め!
さすれば、混沌は形を得て、
そこに生じる。
*
ラグレッタ砦の視察はそれほど時間がかからなかった。カスリーンは、よい人材を集め、その忠誠を勝ち取っていたからだ。
「こことここに柵を築きます」
工兵頭のキリクは砦からの射程を計測し、大弩の支援が受けられるあたりに、外周の防衛柵を築いていた。中型の弩を増産し、柵まで押し出し、さらに先行する柵を進める。より巨大な敵である土鬼との戦いは、距離と速度の兼ね合いで進む。
「こちらの平地はガラン騎兵のために開けておきます。
代わりに、ここの大弩を塔に揚げ、いざという時の罠に」
突出したガラン族騎兵が土鬼に追われても、彼らなら振り切って逃げて来られる。よしんば、そちらから攻め寄せられた時には、塔の上から狙撃する。その間に、柵の弩が向きを変えられる。
守りに関してザンダルが付け加えるべきことはなかった。
「素晴らしい」
短い賞賛の言葉に、キリクは満面の笑みを浮かべた。
「あなたの残した図面です」
古びた羊皮紙を差し出す。そこには、昔、魔道師学院から送ってもらった大弩に関する設計図が描かれていた。
「他の連中には分かりませんがね、俺には分かる。
作りが違う。こいつは凄い」
魔道師学院としては珍しくもない技術だが、世界各地で収集された細かい工夫が反映され、当時のユパで使っていたものより一段、射程が伸びていた。
「頭のような職人の工夫を学院が集めただけだ。
そう、それが技術の洗練というものだ」
と、ザンダルが答えると、キリクは肩をすくめる。
「俺たち職人は自分独特の工夫を弟子以外に教えたりしない。
技は盗むものだ。
ところが、あなたがたは、かき集めて整理して、組み合わせてほいとくれなすった」
「我らは……」とザンダルは微笑む。
「魔道師学院には、個人の都合などを考えている時間はないのでね」
(時はないのだよ)
かつて、ザンダルは魔道師学院でそう叩き込まれた。
時間はないのだ。
妖精代の終焉が迫っている。
魔道師学院は、来るべき時代の終わりに備えている。
かつて、巨人の七王国が滅び去ったように、妖精王国も遠からず滅び去る。その時、次なる時代の覇者を決める戦いが始まるという。「後継者の指輪」を巡り、戦いが始まるのだ。
妖精騎士が完全に地上を去り、残された我ら人の子こそ後継者たらんとすれど、魔族たちは策謀を巡らせ、火龍たちはかつての盟約から解き放たれつつある。一度は滅びたはずの土鬼たちや、東方の古き種族たちも蠢動を続けている。
ザンダルが火龍を学ぶのは、単なる研究心だけではない。
いつか火龍の力に対抗し、人の子の時代を選びとるための手立てを探すためなのだ。
「ユパの安定は学院も望んでいることなのです」
ザンダルは付け加えた。
ユパが東進し、レ・ドーラまでの情勢が安定すれば、ザンダルのような魔道師たちが古代の龍について、さらなる研究を行えるようになる。土鬼が歩んだ破滅の轍を踏んではならない。火龍の力を制御し、人の子の世を生み出すのだ。
それが学院の方針だ。
時間がかかる計画だ。おそらくザンダルが死んでなお数十年の時がいるだろう。
だが、一歩目を踏み出さねばならない。
その一歩がカスリーンであっただけだ。
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『歌の龍王』第四十話です。
短めでも続きをかいていきたいと思っています。
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