歌の龍王【41】龍骨の野(3)
*
黄の八弦琴
伝説こそ語るべし。
なぜなら、皆を導き、希望を与えるから。
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しばし、沈黙が落ちた。
ラグレッタ砦の城壁の上、職人頭のキリクと青龍の魔道師ザンダルは、言葉を紡ぐのを止めていた。騎士コーディスもまた何も言わない。そういう時に控えているべきことを理解している男だった。
レ・ドーラから風が吹いてくる。微かな龍の遠吠えは死んだ龍たちの亡霊の声か。笛のようにも、かすれた嗚咽のようにも聞こえる。
「乾いた風だ」
やがて、コーディスが呟く。
「荒野そのもののようだ」
「それもまた変えます」
とザンダルが言う。
「水路の件だね」と職人頭のキリクが確認する。
「モーファットからユパまで水路を引くそうだね」
「それがカスリーン回廊の次の姿です」
とザンダルは答えた。
レ・ドーラは不毛の荒野だ。今も龍の死骨が散乱するだけで、何も生み出さない。そこにはほとんど植物も生えず、ただ乾燥した風が吹くだけだ。
今まで、誰もモーファットまでの荒野を征服しようとしなかったのには、レ・ドーラの気候に問題があった。農地として開拓するには水が足りない。軍馬を養うにも草が少ない。何もかも持ち込みでは話にならない。
だが、水があれば、どうだろう。
幸い、モーファット河の水量は多いし、アラノス湖の西岸はあまり開拓が進んでいない。以前、モーファット伯爵に灌漑水路の建設を献策し、好感も得ている。
あとは少々の資金と将来の利益だ。
「あんたら、魔道師というのは考えることが果てしないな」
と、キリクが呆れる。「何年かかるやら?」
「我らの生きている間には終わりますまい」とザンダルが答える。
「着工までに解決するべき問題が残っていますからね」
そこでザンダルは、東北を指さした。
彼方に、何か土埃が立っている。
「ストラガナが何か見つけてきたようですね」
もちろん、ザンダルの目には、さらなるものが見えていた。
巨大な棍棒を構えた野蛮な巨人たちの群れ。
土鬼の部隊だ。
「土鬼の襲撃です」
魔道師の言葉に、コーディスがうなずき、城壁の内側に向かって叫ぶ。
「敵来襲! 土鬼だ!」
答えるように、見張り台の兵士が角笛を吹く。
城砦の内外が一気にざわめき始める。
「弩を用意しろ!」
「歩兵隊、集合!」
「弓兵隊、城壁へ!」
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『歌の龍王』第四十一話です。
短めでも続きをかいていきたいと思っています。
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