歌の龍王【45】龍骨の野(7)
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白の古鏡
我は鏡。
汝の過去を愛してあげよう。
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「怪物」と、呼ばれる人々がいる。
外見の問題ではない。一般人の感覚では把握できないような強大な何かを内に秘めた、人ならぬ感性の持ち主である。カスリーンも、ユパ王国において、怪物めいた人物を何人も見てきた。現国王もそうだ。老いてなお、剣と宝冠の二公爵家を操り、国家を完全に支配する。あるいは、噂に聞く北原ユラスの黒男爵など怪物というべき存在だ。
長年、師と仰いできた青龍座の魔道師ザンダルでさえ、人ならぬ狂気を垣間見せる。
そして、この少女だ。
魔道師学院の使者と名乗る少女は、外見上、12,3才の貴族の娘に見えるが、カスリーンの直感が「違う」と告げていた。
これこそ「怪物」だ。
おそらく、魔道師学院の闇に属する何か。
それでも、執務室の椅子で泰然として座ったままで居られたのは、おそらくカスリーン自身もまた「怪物」だからだ。
若くして、玉座への野心を抱き、鉄の姫と呼ばれる女将軍として生きてきた。
(これは勝負だな)
状況を察したザンダルが、青ざめたまま、前を向く。その手には赤き瞳の宝珠をつけた杖が握られていた。たとえ、あれが「最悪の存在」であったとしても、この宝珠ならば、殺せる可能性がある。
コーディスも、異常を察し、カスリーンの斜め前に立つ。何かあれば、割って入るつもりだ。腰の剣に軽く触れ、確認する。
「ようこそ、学院の使者殿」とカスリーンは答える。
「初めまして、カスリーン殿下」とエリシェ・アリオラが優雅に礼を返す。「魔道師学院を代表し、カスリーン殿下への親書をお持ちいたしました。そして」と彼女は視線をザンダルに向ける。「ザンダル殿にも、学院からの命令をあずかっている」
「まずは親書をお受取りいたしましょう」とザンダルが言う。「私への命令は、その後に」
「コーディス」とカスリーンが命じる。
騎士が親書を受け取り、カスリーンに渡す。
「学院は、ザンダル殿から報告のあった龍骨の一件を歓迎いたします。
十分な資金と技術の提供によって、学院はお答えできるでしょう」
エリシェが親書の趣旨を述べると、カスリーンはうなずき返す。
「よきお答えを素早くいただき、感謝します。
双方の利益となることを期待します」
「そして」とエリシェはザンダルに向かう。
「魔道師学院堂主アルゴスの名を持って、告げる」
堂主の名に接し、ザンダルは杖を置き、跪いた。
「堂主アルゴスは、青龍の塔に仕えし魔道師ザンダルに三つの命を下す。
ひとつ、龍骨の野に関する調査報告をまとめ、早急に学院へ帰還せよ。
ひとつ、赤き瞳の杖をエリシェ・アリオラに渡し、学院へ移送せよ。
ひとつ、「歌の龍王」に関する知見があれば、大至急、報告せよ」
エリシェの言葉に対して、ザンダルは呆然となった。
「お待ちください」とザンダル。「私は現在、この地を離れることはできませぬ」
「今、ザンダルを手放す訳にはゆかぬ」とカスリーンも答える。
「火急の案件です」とエリシェ。「では、こちらを見なさい」
ザンダルは見たくなかった。だが、それは許されなかった。
エリシェ・アリオラの周囲に、多彩の渦が流れ、輝きを放つ。
彼女の瞳が輝き、ザンダルは夢を見た。
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「歌の龍王」と誰かが言った。
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「今宵は、我が師、《召喚者》スリムイル・スリムレイの命に従い、《約定の公女》フリーダ様のお言葉をお持ちいたしました」
エリシェは悪意のこもった微笑みを浮かべる。
「まもなく、歌の龍王が目覚め、世界は変転の時を迎えるだろう」
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「なあ、魔道師殿」
地上へ続く扉へ向かって道を戻りながら、ナルサスはザンダルに囁いた。
「『歌の龍王』という言葉を聞いたことがあるか?」
「残念ながら、ないな」とザンダル。
「龍王の件は、確かに我が専門なれど、世に十二と一騎ありとされる龍王も、そのすべてが現在も知られている訳ではない。その中に、歌の龍王という二つ名を持つ者はいない。
そういう龍と出会ったことがあるのか?」
「いや」と、ナルサスは剣の柄をなでる。「この剣は、殺した者の命を吸う。その時、その者の想いが伝わってくることがある。あの魔女もそうだった。なぜか、最後に奴の声が聞こえた。『歌の龍王』と」
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気づくと、目の前に女がいた。
占い師のような法衣、そして、その両眼は炎のように赤く輝いていた。
ザンダルは一瞬の隙に後悔した。
真っ赤な視線がザンダルの両眼を貫いた。
死の羽音が聞こえた。
「死ね」
声は形ある武器のように、ザンダルの頭蓋骨を揺さぶった。
だが、ザンダルの魂は、龍の鱗で守られていた。
「火龍ほどではない」
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「なるほど」とエリシェ・アリオラは言った。
「了解いたしました。一度、学院に戻り、堂主猊下と検討いたします。
龍骨の件はそのまま進めさせていただければ幸いです」
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『歌の龍王』第四十五話です。
短めでも続きをかいていきたいと思っています。
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