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2010年8月24日 (火)

歌の龍王【48】龍骨の野(10)


白の黒剣

血が一滴、滴った。
無明の闇から、今、何かが誕生し、
世界に波紋をもたらしていく。

「我々の為すべきことは変わりませぬ」
 しばし、考えてからザンダルは口を開いた。
「レ・ドーラを制圧し、モーファットへの回廊を開く。
 それが、殿下の宿願にも、学院の命にも通じる道にございます」
「では、『歌の龍王』とやらの件は?」とカスリーン。
「ご安心を」とザンダルは頭を下げる。
「土鬼を排除して、レ・ドーラの龍骨を収集する過程で、歌の龍王に関する情報収集も可能です。骨の収集に関しては、私が率先して指揮いたします」
 カスリーンは一瞬、じっとザンダルを見てうなずいた。
「何か?」と、ザンダルが問いかける。
「お前が、やはり魔道師なのだ、ということを思い出した」とカスリーン。「お前もまた、魔道師学院という枠組みに囚われた者なのだな?」
「それもまた世間の仕組みにございますが、魔道師という生き物は色々ありまして。
 殿下はエリシェ殿をどう見られました?」
「奇妙な娘だな。いやおぞましいと言ってもよいかもしれぬ」
「我々は、あの方を『刺のある雛菊』と呼びます」
「可憐に見えて危険か」
「分かりやすい言い方をすれば、彼女は『怪物』です。
 魔族に魂を売り、永遠の少女の肉体を手に入れた魔女です」

 エリシェ・アリオラ。
 その肉体は、魔族が生み出した人造の少女ラヴィオラの物であるという。
 彼女もまた、人の子の枠組みからはみ出した魔女である。

「我ら魔道師は、彼女を嫌悪する一方で、彼女のような立場にも憧れます」
 ザンダルの告白に、カスリーンは言葉を挟まない。
「この私でさえも、龍の血をこの身に注ぎこみ、人ならぬ視点でこの世界を解釈することができるならば、魂を売るのにためらいなどしないでしょう。
 それは知識への近道なのです」
「ならば、お前はレ・ドーラで得るべき知識を得たら、我が元から去っていくのか?」
 カスリーンにしては直接的な問いであった。
 ザンダルは、カスリーンの前に跪き、頭を垂れる。
「殿下のお許しが出るのでありますれば」
「許さぬ」とカスリーンは即答した。有無を言わさぬ口調である。
「それでよろしゅうございます」とザンダルは顔を上げる。「レ・ドーラの龍骨の野にて、運命が定められる時まで、私はここに留まります」

 レ・ドーラへの進軍が続いた。
 三月の間に、土鬼の村をふたつ焼き払い、丘を七つ越え、新たな城砦が築かれた。レ・ドーラの入り口であることから、レ・ドーラ城砦と名付けられた。
 城砦周辺の柵が延長され、最初の骨塚まで伸びていった。
 ザンダルはその骨塚を見た瞬間、ぞっとした。
 蹲るように盛り上がった巨大な丘からは瘴気がゆっくりと吐き出されていた。死んでから悠久の年月が流れたというのに、憎悪の夢があたりを満たしている。

*

紫の黒剣

支配するは我なり。
秩序こそが世界でもっとも美しい。

*

「名も同定されていない入り口の龍骨ですらこれか」
と、ザンダルが呟いた。
「レ・ドーラの戦いがあった魔棲代第二期は、今から3万年を遡る古代とされております」
 魔道師学院からザンダルを助けるために派遣されたフィムレンという魔道師が言及する。フィムレンは、丸い顔をした穏やかな男で、狂気と知性に削り落とされた青龍座には似合わない温厚さを持っていた。おそらくは書類調査か遺跡発掘が本業なのであろう。
 魔棲代とは、魔族帝国の時代を指す。天城紀が終わり、剣の王ソダールの死によって、世界の支配者が魔族となった時代だ。初期の魔族帝国は魔族の母、蛇姫オラヴィーと、その夫にして、死の神たる翼の王ティオールの二頭政治であったが、ティオールが暗殺され、オラヴィーがその後を追ったことで、魔族皇帝の時代に移る。魔族帝国の支配を完成させるのが、第二期に起こった龍同士の内戦であるレ・ドーラの戦いだ。この戦いを仕組んだのが、魔族であり、レ・ドーラの戦いに生き残った火龍たちは、傷付いたところを魔族たちに襲われ、ほぼ全員が殺された。天空に逃れた数匹の火龍と、もとより戦いに参加しなかった南海の海流たちだけが生き残ったという。
「レ・ドーラの戦いでは、中心部で龍王たちと龍どもが殺し合い、その後、魔族の包囲網を抜け出すべく、火龍と魔族がぶつかったとされています。すなわち、龍骨の野においては、外側ほど、魔族と戦って死んだ豪の者である可能性が高くなっております。あれもまた、強き龍、遺骨の大きさから見て、いずれかの龍王である可能性も否定できませぬ」
「なるほど。同定は可能ですか?」
「まずは発掘です」と、フィムレンが後方に合図した。フィムレンとともに、多くの魔道師候補生が到着していた。兵士たちを投入する前に、魔道師学院の手で調査を進めるのだ。

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『歌の龍王』第四十八話です。
 短めでも続きをかいていきたいと思っています。
 また、龍王教典の内容に関するご指摘をいただきました。ありがとうございます。

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