« 歌の龍王【55】黒鉄の篭手と火龍の姫(3) | トップページ | 歌の龍王【57】黒鉄の篭手と火龍の姫(5) »

2011年9月15日 (木)

歌の龍王【56】黒鉄の篭手と火龍の姫(4)

 偽り

私はすべて。
すべては私。
他に何もない。


「風がザンダルを追え、と言った」
 そう、ルーニクは笑った。
「その結果、これほど美しい姫に会えた」
 若き海王は、カスリーンにお辞儀をする。
「我は、このような者ぞ」と、カスリーンは黒鉄の篭手を鳴らして見せる。
「じゃじゃ馬は嫌いじゃない」と、ルーニク。「面白そうな状況じゃないかい?」
 ルーニクは不敵に笑い、カスリーンの宮廷に集まった男女を見回した。
「多士済々、とでもいうのかねえ」
 若き海王の言葉は、まさにこの場を言い表すのに適切な表現であった。
 黒鉄の姫たるカスリーンの横には、彼女の忠義の騎士たるコーディス・ランドールと、参謀役たる青龍の魔道師ザンダルが控え、さらに、側近として、宝冠の公爵家より来たギュネス公子、ガラン族を率いるアル・ストラガナ侯、モーファットより外交特使として滞在している騎士ゾロエ・アラノス、最近、姫の個人的な友人として徴用されているアナベル・ラズーリ、アールラン城砦の守備隊長となったボルツ、工兵頭のキリク、財務官のギルス・トラスと、ずいぶん幅の広い陣容である。さらに、隅で妙ににこにこしているフェムレンは屈指の魔道師である。
「ルーニク、我らが建造しているのは河船だぞ」と、ザンダルは言う。「お前の支配する渦の海に比べたら、ずいぶん狭い場所だぞ」
「そこに水があるなら、船に乗った海王は無敵だ」
「面白い」と、カスリーンが笑う。「アナベル、この男を船大工の棟梁に合わせろ。あの老人が認めたら、船長はこのルーニクだ」
「せめて、海軍司令官と言ってくれ」
「悪いが、ユパには、そもそも海軍なぞない」とカスリーン。内陸国のユパはもっぱら、騎兵と歩兵の国である。水軍専門の将軍もいない。「お前が戦果を上げれば、初の水軍提督にしてやるさ」
「よかろう。見ていろよ」
 ルーニクは、軽く礼をすると、さっさと出ていった。アナベルも軽く礼をして、その後を追った。
「風のような男だな」と、カスリーンは微笑んだ。
「まあ、素早さが信条の男です。実力もあります」とザンダル。
「よろしいでしょうか?」と、騎士ゾロエが言った。「あの話、私にも参加させていただけませんか?」
「ゾロエ殿?」とカスリーンが問い返す。「水軍の話ですかな?」
「私も、湖の国モーファットの騎士。こう見えても、水軍の指揮には一家言がござる。よろしければ、私にも一隻お与えいただけませんでしょうか?」
「では、急げ」とカスリーンは微笑む。「ルーニクが船大工の棟梁をたらしこむ前に、追いつく必要があろう」
「御意」
 そそくさと出かける騎士の後ろ姿を見送ったカスリーンは、ザンダルとコーディスの方をちらりと見た。
「分かりました」とザンダルが立ち上がる。「コーディス殿、参りましょう。このままでは、姫の御座船まで、ルーニクに取られてしまう」

 結局のところ、アナベルが建造した三隻の軍船は、海王ルーニク、騎士ゾロエ、騎士コーディスを艦長として、それぞれ、金の波号、銀の風号、黒鉄の篭手号と名付けられた。コーディスが艦長となったのがカスリーンの御座船である。ルーニクの金の波号がまず、完成し、海王船を操ってきた船乗りたちが士官として乗り込んで、ルケリア河と運河に進水した。
 金の波号の特色は、ルーニクが追加させた三角帆と二機目の大型弩弓砲、両舷の装甲板、そして、船の前方、水面下に作らせた衝角である。
「ルケリア河で海戦をやる気か?」と、船大工の頭が呆れた。
「こいつがないと、どうも落ち着かねえからな」とルーニク。
 皮肉にも、それが役立つ時がしばらくして、やってきた。

 発端は、運河工事区画への土鬼の攻撃であった。
 運河の工事は、ルケリア河から守備用の小城砦を作りながら、進められていた。運河沿いには、木の柵を作り、人夫たちを守るために、ストラガナ侯のガラン族騎兵が巡回していた。すでに、運河は100里、徒歩で12日以上の距離に達し、ユパの同盟国である中原の小都市レドランの南を通過していた。運河の幅は約100歩と広く、軍船が行き来できる一方、運河の南側に配置された投石機や大型弩弓砲が土鬼の渡河を拒んでいる。二、三十の土鬼であれば、ガラン騎兵と守備隊で撃退できるはずだった。
 だが、その日の攻撃は、二百を越える数だった。
「近づきすぎるな!」
 アル・ストラガナは、偵察隊が土鬼の群れを捕捉した段階で、周囲に使者を飛ばすとともに、土鬼の進軍を遅らせるべく、散発的な襲撃を仕掛けた。
 短弓の射程ぎりぎりまで近づき、さっと矢を放って逃げ出す。
 馬上から放たれる短弓は、土鬼に致命傷を与えるほどではないが、無視できるほどではない。怒って群れから離れれば、馬上槍を構えたガラン騎兵が突進し、一体ずつ葬った。
 決して、効率のよい方法ではないし、ガラン騎兵だけで倒せる数ではない。
 だが、ストラガナは囮の達人であった。
 気づくと、土鬼の群れはすでに運河が出来上がっているあたりに誘導されていた。
 土鬼たちは、川岸に敵を追い詰めたと思って突進した。
「河沿いに逃げろ!」
 運河と土鬼の群れに挟まれたかに見えたガラン騎兵たちは、するりと抜けだす。そのまま、運河の川岸に殺到する土鬼に向かって対岸から大型弩弓砲や投石機が放たれた。
 さらに、運河の上に滑りこんできたのが、金の波号だ。
 甲板上から、二機の大型弩弓砲を発射する。
 ルーニク自身は、帆柱の上にいた。
 じっと敵の軍勢を見据えてから、弩弓砲の砲手に指示を出す。
「右の前列、あいつを狙え!」
 砲手たちは、ルーニクの指示をよく分かっていた。土鬼たちの中でも先頭に立つ古強者に向かって弩弓の太矢が一気に飛ぶ。
「左舷、大弓放て!」
 二段櫂船の特色は、全員が腕力自慢の剛弓使いであることだ。大きな櫂を操り、船を走らせる船員たちは、大弓を軽々と弾く腕力の持ち主である。二段櫂船は、速度を落とす代わりに、上段櫂を操る船乗りをそのまま、射手にできる。金の波号は動く砲台である。
 無論、土鬼もただやられるだけでは終わらない。
 船に向かって巨石を投げてくる。
 だが、ルーニクの目は、飛び交う巨石の落下地点を見切って、船を進ませる。
「下段櫂! 漕げ!」
 そして、風に向かって声を上げると、船を守っている水の精霊がすっと、その船足を加速する。金の波号は狭い運河とは思えないほど軽やかに船体をひねり、進行方向を狙って投じられた巨石を回避する。
 よほど、悔しかったのか、何匹かの土鬼が運河に飛び込む。
「泳げるのか、お前たち」
 ルーニクがあざ笑う。もちろん、乾いた平原で暮らす土鬼たちは泳ぎなど知らぬ。浮かぶこともできず、次々に、そのまま、水に沈んでしまうのが、それでも無理矢理水をかいて船に迫ろうとする。
「大弓、近づかせるな!」
 大弓や弩弓砲が水中でもがく土鬼たちに打ち込まれていく。
 なんとかもがいていた土鬼の血が運河を染める。
「艦長! 一体、運河を渡ります!」
 見張りが叫ぶ。
 見れば、対岸では、弩弓砲が動きを止めている。おそらく、索状に支障があるのか、次の太矢を仕込めずにいる。
「抜かせる訳にはいかねえなあ。全速前進!」
 ルーニクの指揮で、二段櫂をまとめるための太鼓が連打される。ルーニクは綱を伝って一気に舵の前に滑り降りた。
「行け、金の波!」
 速度を増した金の波号は風のように運河を走り、運河を渡りかけた土鬼に正面から激突した。船首の下に仕込まれた衝角が、土鬼の首をへし折った。
 金の波はそのまま、土鬼の上を走り抜け、そのまま、優雅に方向転換して見せる。わずか100歩の運河とは思えない動きである。
「右舷、大弓!」
 一気に速度を上げつつ、向きを変えた金の波号は、運河をルケリア河方向にさかのぼりつつ、土鬼の群れの上に矢をばらまいていった。

 後に、ルケリアの河城と呼ばれるユパ王国水軍の始まりである。

------------------------------------------------------
『歌の龍王』第五十六話です。
海王を出したら、海戦やらないとねえ。

|

« 歌の龍王【55】黒鉄の篭手と火龍の姫(3) | トップページ | 歌の龍王【57】黒鉄の篭手と火龍の姫(5) »