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2011年10月18日 (火)

歌の龍王【60】黒鉄の篭手と火龍の姫(8)

紫の古鏡

無垢ならん。
知らず。
聞かず。
疑わず。

 青龍の塔から来た魔道師フェムレン。妙にニコニコしながら、ザンダルと共同して、龍骨の野における採掘活動を指揮してきた男。龍王の猟犬を見てもその表情は変わらず、また、魔族《赤き瞳の侯爵スゴン》の解放すら可能性として示唆してきた。
「あなたは一体、どなたですか?」
 思わず、ザンダルは聞いた。
「何の芸もない質問だね、ザンダル君」
 フェムレンの口調は少しだけ上級の導師のものに変わった。
「分析は出来るだろう?」
 魔道師学院の魔道師は、理解力を問う。分析し、解析し、理解することのできぬ魔道師に価値はない。そう、謎の解けない魔道師になど用はないのだ。
 だが、そこで考えこむことが必ずしも最善手とは限らない。
「時間の節約です、フェムレン殿」と、ザンダルは言い切る。
「ドレンダルが干渉してきた以上、カスリーン閣下のため、最大効率で情報を開示願います」
「拙速もまた青龍のさが」とフェムレンはうなずく。「偽名は使っておらぬよ。
 ただ、我が青龍の塔の長、《龍鱗公バルナ》の直命を受けている」
 数年前より、青龍の塔は、激動の時代を迎えていた。
 ミスタクタイズ河流域で覚醒した《霧の龍王パーロ・ファキール》の調査に多数の人員が投入され、長を含む多数が死亡した。新たに長となったのが、《龍鱗公バルナ》で、顔の半分を龍の鱗に覆われているため、その名がある。
 ザンダルはその前に、ユパへ派遣されていたため、バルナとその側近には面識がなかった。フェムレンがそれなりに重責のある者とは思っていたが、塔の長の側近とは知らなかった。
「では、二つ、問います。
 まず、歌の龍王とは?」
「そこが、分岐点となる」とフェムレン。「まもなく、世界の運命が分岐する」
「それはすでに聞きました」
「いまだ目覚めざる龍王の器だ」
 ザンダルは確信したが、言葉は発しなかった。
「自制心は魔道師の宝だ」とフェムレン。
「カスリーンは、間違いなく、火龍の魂を持つ姫だ」
「ユパの剣の公爵家の血筋でしょうか?」
「それは確認できていない。だが、お前が派遣される前から、その兆候が察知されていた」
「火龍の姫を育成するために、私が選ばれたのですね」
 ザンダルの言葉はもはや質問ではなく、確認だ。
「黒鉄の篭手にも何か仕掛けがありましょうか?」
「あれは、心の鍵に過ぎぬ」
「外せば?」
「何故、カスリーンは王となることにあれほどこだわるかわかるか?」
 ザンダルはフェムレンの言葉に、カスリーンに見た幻視を重ねる。泣いていた少女。幼い頃のカスリーン。血の海に倒れ伏した侍女。
「あの篭手は、彼女の内なる火龍のやみがたい衝動を体現するものだ。
 カスリーンは内なる力を征服という野心に還元している」
「あれをつけたのは……」
「私だ」とフェムレン。「どうやら、あの時の暗示はお前をきちんと制御してきたようだな」

 ザンダルは、心のどこかで鍵が外れるのを感じた。
 さまざまな風景と言葉が一気に蘇ってきた。

「火龍の姫を守り、育てよ」
 遥か昔、青龍の長であった現在の魔道師学院の堂主アルゴスからの命令。
「いずれ、彼女は大いなる槍に育つ。
 火龍の器として、我らと同盟する《世界の槍》だ」

 それは、壮大な実験の一幕。

「そして、お前も」

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『歌の龍王』第60話です。
今回は、短めに。

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