歌の龍王【64】棍棒王の南下(3)
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月待ち
運命は流転する。
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棍棒王ラ・ダルカ率いる土鬼の群れが南下したことに対して、ユパ王国はカスリーン公女に、レ・ドーラ辺境伯の称号を与え、南部国境防衛の要とした。
イクナーリ大平原に群居する巨人の亜種、土鬼は人の子に比べると、数倍の体格を持ち、凶暴さでは人の子の兵士10人に匹敵すると言われるが、性格が粗暴で、国家としてのまとまわりを持たなかった。巨人の七王国の時代には見られたような、神の下僕としての巨人族の叡智はもはやかけらも残っていなかった。木をそのまま引き抜いたような棍棒と、人の子の家の壁をそのまま持ち歩いているような巨大な円形盾以上の武装はなく、目の前の敵を殺してはそのまま食うだけだった。
ラ・ダルカのような首魁が現れなければ、数百が集まることなどなかった。
ラ・ダルカは怒号を上げる。
「レ・ドーラに踏み込んだ人の子どもを踏み潰せ!」
傍らに据えられた巨大な棍棒を振り上げると、周囲に座っていた土鬼たちが立ち上がり、呼応する。
「踏み潰せ!」
「踏み潰せ!」
「踏み潰せ!」
土鬼たちは野蛮な怒号を上げる。
「厄介だな」
そうつぶやくのは、カスリーン軍の偵察部隊を率いるストラガナ侯だ。カスリーン自身の異母弟であり、西方草原から来たガラン族の騎兵を率いる浅黒い肌の貴公子である。
馬の扱いにおいては、ユパ随一とされる彼であっても、一千を超える土鬼の群れに近づくのは避けたかった。こうして、遠目に眺めることがせいぜいである。
土鬼は野蛮な巨人だ。弓などは使えないが、奴らの投げる石はガラン族騎兵が愛用する短弓よりよほど遠くまで飛び、当たれば骨を砕く。馬の足すら折りかねない。
長弓兵や大型弩弓砲の出番である。
カスリーンはラグレッタ城砦の東まで伸びた運河に水を入れ、これを防衛線とした。運河に水軍が浮かび、砲台を兼ねた浮城となった。その中核にいるのは海王ルーニクである。
「一尺でも東へ!」
運河の掘削は続いている。水を入れずとも、深い堀は防衛に役立つ。土鬼どもが、レ・ドーラになだれ込む入り口を少しでも東にずらせれば、戦いは有利になる。柵と堀が巨人の動きを封じるのだ。
「そして、この魔法陣はどう使うのだ」
鉄の公女カスリーンは、その名前にふさわしい黒い鉄の籠手で、ラグレッタ城砦の城館の上、あえて、平たく作った屋上に描かれた文様を指差した。
「我らは、龍を召喚できます」
魔道師学院から派遣された魔道師たちの長フェムレンが言った。丁寧ではあるが、断固たる口調。彼は、この世界の中でももっとも畏れられる存在を召喚すると言った。
「操れるのだな?」
カスリーンは問い返す。
このレ・ドーラの地はかつて、龍たちが殺し合い、屍を晒す荒野である。これを領地とするカスリーンは、龍どもの恨みの強さ、狂気のあふれる思いをよく知っている。
大地の浄化を兼ねて、龍骨を掘り出しているが、その結果、龍の亡霊の恨みに心を蝕まれる者、体調を崩して寝込む者が後を断たない。
「出来ます」
フェムレンは強くうなずく。
「我らは、必要な事柄を知っておりますゆえ」
「では、召喚する龍の名を問おう」
カスリーンの問に対して、フェムレンは一見、無表情な顔をほころばせた。
彼はカスリーンの横に立つ助言役の魔道師ザンダルを見てから答えた。
「歌の龍王。それは夢を超える歌い手にございます」
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『歌の龍王』第64話です。
やっとタイトルまで来た。
少しずつ再開して参ります。
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