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2022年2月23日 (水)

歌の龍王【69】火龍召喚(5)

 

        *

 

 白の海王

 

汝の行いはすべて許す。

今後も敬意を忘れることなかれ。

 

        *

 

「されば、一刻の休憩の後、火龍召喚に取り掛かります」とザーナンドが宣言し、鉄の公女カスリーンがうなずいた。

 スゴンの出現は決して、落ち着ける見世物ではなかった。心に龍の鱗を持つ青龍座の魔道師たちは感情を顕にしていないが、落ち着くためにも、ここで小休止を取る必要はあった。

「ザンダル、参れ」とカスリーンは言い、ザンダルはそれに従った。

 

 カスリーンはラグレッタ城砦の私室に、ザンダルを招き入れた。

 そこには、すでに、カスリーンの幕僚たちが集っていた。忠実なる騎士にて辺境伯軍を率いる将軍となったコーディス・ランドール、財務官ギルス・トラス、渦の海の海王にして、レ・ドーラ水軍の提督ルーニク、ガラン族騎兵軍団を率いるアル・ストラガナ侯、モーファットの騎士にして今や、水軍の一翼を担うゾロエ・アラノス、工兵頭のキリク。本国ユパで兵糧の手配にあたっているギュネス公子、アールラン城砦の守備隊長となったボルツを除くと、カスリーンの幕僚が勢揃いしていた。カスリーンの側近となったアナベル・ラズーリは、カスリーンの辺境伯受任に伴い、筆頭書記官の役目を与えられた。

「派手な状況になったようだな」とルーニクがザンダルに言う。

 彼らも、遠目にスゴン出現を見ていたのであろう。たとえ、見えなくとも、あの死の咆哮は城砦すべてに響き渡っていた。海王であれば、魔力の大きさも感じ取ったに違いない。

「あれは入り口に過ぎぬ」とザンダルは答える。「この後、本命の火龍を召喚する」

 

「状況を」とカスリーンが会議の始まりを促す。

「火龍召喚の準備が整いました」とザンダルが幕僚に説明する。「《赤き瞳の巫女ドレンダル》の出現、魔道師学院の青龍の塔の長《龍牙のザーナンド》殿の到着と、予想外の事態はありましたが、魔族より火龍召喚の手がかりを得ました。

 塔の長の相手は、フェムレン殿に任せました」

「青龍の塔の長だが、私は《龍鱗公バルナ》の名を聞いたような気がするが、代替わりしたか?」とカスリーンが確認する。

「《龍鱗公バルナ》殿は、昨年末に引退、現在の長は《龍牙のザーナンド》殿となります」

「次」とカスリーンが促し、工兵頭のキリクが前に出る。

「アールラン城砦までの運河に水を入れるのに後10日ほどかかります」

 徒歩で東に半日の距離にあるアールラン城砦は、レ・ドーラの最前線だ。運河の水は、ここラグレッタ城砦の少し先までしか入っていない。アールランでは、空堀代わりにしかならないが、それでも、防衛には役立つだろう。運河に水が入れば、三隻の軍船が浮かぶ砲台になって、支援できる。

「急げ。間に合わぬ時は、アールランの戦いが厳しくなろう」

「その件ですが」と、ザンダルが口をはさむ。「本日、スゴンを召喚した事は、棍棒王の興味をこちらに向けることになりましょう」

 スゴンは土鬼たちの守護神でもある。敵である人の子の城砦の近くに、出現したとあれば、棍棒王ラ・ダルカは、戦の吉兆として利用するだろう。

「それはドレンダルの入れ知恵か?」とカスリーン。

「まさに」とザンダル。「あれの目標は、スゴンの顕現であり、歌の龍王を殺すこと。我らが歌の龍王を召喚するならば、ラ・ダルカも動きましょう」

「すでに動いておる」と答えたのは、ガラン族騎兵軍団を率いるアル・ストラガナ侯だ。カスリーンの異母弟で偵察隊を指揮している。「ラ・ダルカの率いる土鬼約一千二百がこちらに向かって南下を続けている。先程の狼煙では移動の速度が上がったようだ。半日と経たずに現れよう」

「御座船、黒鉄の篭手号はすでに城砦前の運河に浮かんでおります」と、騎士コーディス。カスリーンの警備役として10年以上、近くにいるこの男は今や、レ・ドーラ辺境伯軍の将軍である。水軍が出来た当初は、カスリーンの御座船、黒鉄の篭手号の船長を務めていたが、城砦全体の指揮を任され、部下を船長に据えた。黒鉄の篭手号は浮き砲台として、城砦正面の運河に浮かび、状況に応じて本国との連絡に動くことになる。そこには大型の弩弓砲三基が搭載されている他、二段櫂を操る船員たちは剛弓の使い手でもある。

「黄金の波号は運河の東端にいる」とルーニク。船足が速く、機動力のある海王の指揮する船は、この狭い運河ですら自在に動いて見せる。もはや移動する城であり、水の入った運河の限界まで東進し、土鬼が柵に攻め込む動きに睨みを効かせている。

「ユパ本国からの兵を我が銀の風号が運んで参ります」と、レ・ドーラ水軍の幹部になったモーファットの騎士、ゾロエ・アラノスが言う。湖の街で生まれ育ったこの騎士は、殊の外、水上での戦に通じており、海王ルーニクと張り合っている。彼がモーファットから連れてきた船乗りたちは、大河ミスタクタイズで鍛えられ、沿岸の土鬼たちとやりあってきた猛者たちである。積年の宿敵である土鬼たちとの戦いで士気も高い。

 ゾロエは、レ・ドーラ回廊が貫通した暁には、モーファット側の辺境伯になるとされており、カスリーンの妹アイリーンと婚約したモーファットの第二公子オルドリクの腹心でもある。オルドリクが温和な人柄の分、ゾロエが東奔西走している。

 ユパ本国からの兵には、中原各国からの増援も乗っている。今後の政情に影響しそうなレ・ドーラ辺境伯カスリーンに恩義を売るため、あるいは、新天地での一獲千金を狙って多数の者たちがこの城砦を目指している。

「増援に伴う兵糧の準備は万全です」と財務官ギルス・トラスが報告する。宝冠の公爵家から派遣されたギュネス公子の差配で、陸続と荷馬車が到着していた。すでに城砦に入り切らない援軍は、城砦の南側に、多数の陣幕を張っていた。「兵員数は一万を越えるでしょう」

 それはユパの全軍にも匹敵する大軍である。

 古代の戦いでは、何十万もの兵が動員されたという記録もあるが、妖精騎士の血を引く大公家の軍であっても、三千がいいところ、万を越える兵が動員される戦は、今どき、北原のラルハース動乱以外で聞いたことがない。

 この兵站を可能にしたのは、レ・ドーラに埋もれていた龍の骨である。不老長寿の薬剤の材料であり、魔法素材の原料となる龍の骨は高額取引の対象であったし、これを優先的に扱わせることで、魔道師学院が味方についた。

「これでも、千二百の土鬼には足りぬな」とカスリーンは言う。土鬼は単独で数倍の人の子の兵に値する。人の子の倍ほどの背丈があり、直接、殴り合って勝てる相手ではないので、柵、弓、長柄の武器で何とかしているが、棍棒王ラ・ダルカが指揮するだけで、土鬼が兵として動き出す。一斉に突進してきた時、運河でなければ止めることは難しい。あれらが投げつけてくる巨岩は、水軍の船にとってもかなりの脅威だ。

「火龍召喚の策に期待するのはそこだ」

「召喚の儀式は、我らが何とかします」とザンダルは言う。「魔道師学院の青龍の塔が全力で呼ぶ準備をいたしました。十二と一つの魔法陣も描きました。素材もございます。我が長《龍牙のザーナンド》が仕切ります以上、歌の龍王を召喚し、戦場に向かわせることは必ず実現いたします」

「何か、懸念材料は?」

「二つございます」とザンダル。青龍の魔道師は嘘をつくよりも残酷な事実を提示することを選ぶ。「一つ目は勝敗の分け目です。残念ながら、火龍ですら千二百の土鬼を殺し尽くすことは困難です。我々の目的は、土鬼たちの全滅ではなく、防衛です。我らが滅びず、敵が散り散りになって逃げてくれればよし。棍棒王ラ・ダルカが火龍にまさる力で、土鬼を支配していた場合、火龍は敵兵力を削るのみにとどまるかもしれません。それでも、勝敗を五分五分にはしてくれるでしょう」

「もうひとつの懸念とは?」とカスリーン。

「ドレンダルの真意です」とザンダルが返す。「あれはスゴンと歌の龍王の再戦を望んでおります。土鬼の被害など考えず、戦いを混乱させてそのすきにこの槍を振るわせて、スゴンを呼ばせようとするかもしれません。いや、もっと深い《策謀》が用意されているかもしれませんので、警戒を怠るべきではないと思います」

 そこで、かすかな笑い声が部屋の隅から聞こえた。

 カスリーンの姿見の鏡から、一人の少女が水面を割るように現れる。美しいが、どこか禍々しい気配を漂わせている。

 《棘のある雛菊》こと、異端の魔道師エリシェ・アリオラである。古鏡の魔族《鏡の公女エリシェ》に名を捧げた魔道師である彼女は、古鏡座の魔法「鏡面転移」の使い手である。

「我が存在を知りつつ、鏡を覆わぬのは不用心だぞ、ザンダル」

「あなたの侵入を止められるとは思っておりませぬ」とザンダル。「我が師匠たちは?」

「あれらは、火龍召喚の準備をしておる。

 それより、ザンダル。お前は分かっているはずだ。

 明日、ここに集う魔族が一騎にすまぬことを」

 

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