歌の龍王【67】火龍召喚(3)
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白の野槌
すべては流転する。
変化、それ自体は歓迎するべきことなり。
*
赤くおぞましい光が槍の先に据えられた真紅の宝玉から解き放たれ、頭上の空にひび割れが入る。まるで、この世界と別のどこかを区切ってた帷(とばり)が力づくで引き裂かれたようだった。そこから、純白であるが、どこかおぞましい光が漏れ出てくる。
「白いな」とカスリーンは魅入られたようにつぶやく。
「白は死の色にございます」とザンダルが彼女の腕を引き、魔法陣の中へと招き入れる。「スゴンの属するは翼人(よくじん)、死を司る星座にございます。あの力は、終わりの秩序。生命を終わらせる力にございます」
見れば、他の魔道師たちも魔法陣の中に踏み込んでいた。
「この魔法陣に描かれたるは青龍(せいりゅう)。
死すら焼き尽くす龍王の座にございます」
「ああ、我が主様」
《赤き瞳の巫女ドレンダル》だけは魔法陣の外で、ひざまずき、両の手をその裂け目に向けて伸ばす。
そして、それはゆっくりと裂け目から出てきた。
巨大な骸骨の犬のように見えた。
それは空中をもがくように歩んだ後、ゆっくりと魔法陣の近くまで下りてきた。
「あれがスゴンか?」とカスリーンが問い、ザンダルは首を振る。
「下僕に過ぎませぬ。我々は《骨の猟犬》と呼んでおります。
あれですら、魔法を持たぬ者どもには死をもたらしかねません」
骨の猟犬はドレンダルの前にひざまずき、その手をなめる。
魔女はその両腕を頭上に上げて叫ぶ。
「我が主人よ、いまこそ扉は開かれたり!」
どこかできしんだ扉が開く音がしたような気がする。
次の瞬間、頭上に浮かぶ世界の帷の裂け目は、巨大な鉤爪によって内側から外側へと乱暴に押し開かれる。
まず、現れたのは巨大な髑髏(どくろ)である。
巨大であるが、あくまでも、人間の髑髏の形で、目の部分には、赤い光が輝く。
白い骨の部分は青ざめた色合いすら感じるほど、白い。
そこには、一切の生気が感じられない。
髑髏がぐいと裂け目を抜けてくる。
首から後ろは、長い。
骨めいた部分はやがてまるでトカゲか何かのような白っぽい鱗に変わる。
青白い爬虫類、いや、あれはあれで火龍に似た何かだ。
「ほぉ、魔族めは、火龍めいた姿を与えたのか」とザーナンドがつぶやく。「素材は火龍の死体かな」
「あれこそは、魔族の中でも人造魔獣の製作に長けた《獣師ブラーツ》の作品と、我が師匠が述べております」と言い添えたのは、《棘のある雛菊》こと、エリシェ・アリオラ。彼女が属する結社は魔族研究の果てに自らの名前を魔族に捧げ、人の子の限界を突破したものたちだ。そういう者にとって、《赤い瞳の侯爵スゴン》は遠い先輩かもしれない。
スゴンは、さらに裂け目から上半身を突き出す。
周囲には、死の妖気が渦巻き出す。
「このままでは、砦の兵士たちが持たぬ。速くせい、ザンダル」とカスリーンが命じる。
「は」と答えて、ザンダルは「スゴンの瞳」をつけた槍を高く掲げて叫ぶ。
「赤い侯爵よ、我が問いに答えよ。《歌の龍王》の名前はいかに?」
スゴンは、髑髏の頭をかしげ、ザンダルを見る。
ザンダルは魔法陣の防御を容易に貫く死の視線を感じる。
火龍の心を持たねば、さっさと魂を手放していたであろう。
スゴンの瞳と長く過ごしてきたザンダル自身ですら、それなのだ。
「さあ、答えよ!」と槍を掲げる。
「定めを持ちし者に答えよう」
スゴンの声が陰々とした不吉さを伴って、直接、聞こえてきた。
「歌の龍王と呼ばれし者の真の名前は、マーシュグラなり。
青龍と八弦琴の星座を渡る龍王なり。
かの者、レ・ドーラにて、我が牙を持ってその心臓を食い破られたり。
かの者は、いずれ、流星とともに蘇らんとするが、我が牙の食い込みし心臓を取り戻すまでは、真なる復活とは言えぬ」
スゴンは、そこで笑った。
「定めを持ちし者よ、そして、鉄の姫よ。
また、会おうぞ」
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『歌の龍王』第66話です。
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