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2022年3月16日 (水)

歌の龍王【72】火龍召喚(8)

 

        *

 

 黄の通火

 

 見よ。

光と闇の双方があって

初めて意味があるのだ。

 

        *

 

「その幻視は共有したい」

 ザンダルの報告を受けた《龍牙のザーナンド》は、ためらいもなく、そう言い切り、《棘のある雛菊》エリシェ=アリオラを見た。

「我に仲介せよと?」と魔性の美少女は微笑む。「原蛇座の魔道師ですら、我と幻視を共有するのは躊躇うぞ?」

 エリシェは、その愛らしい外見にも関わらず、おぞましい気配を放っている。それは、彼女が魔族研究の突き詰めた結果、その魂と名前を魔族《鏡の公女エリシェ》に捧げ、妖魔の肉体を得たことによる。

「火龍の魂よりも、邪悪だというのか」と、ザーナンドは牙をむき出しにして笑う。「それにな、夢に関する呪文はエリシェ殿が得意だと聞いておるぞ」

「幻視界の扉を開くことならば、出来るぞ」と、エリシェ。

 通火(かよいび)の星座に属する「幻視界の扉」の呪文は、本来、夢占い師が、占う対象とともに、超越幻視を行うというものだが、一緒に幻視することで、幻視を共有するのにも使用できる。

「では、早速」とザーナンド。

「やれやれ、火龍は短気でいかん」

「魔族は、死なない、変わらない、ということに慣れすぎだ。

人の子の人生は短いのだ」

「まあ、待て」とエリシェが止める。「おぬしら、さすがに通火(かよいび)の刻印まで持っておるまい」

 幻視は魔道師にとって重要だが、幻視を強化する魔法の呪文となると、専門家である通火の魔道師以外は、なかなか習得には至らない。その呪文を使うための魔力は刻印なり、護符なりで得なくてはならないが、複数の種類の刻印を得ることは、人の子として自我を維持できる限界に迫ることになる。そのため、専門以外の魔法の刻印を持たず、治療などの補助的な呪文のために魔力の弱い護符を持つことが多い。

「だから、お前に頼むのだ、エリシェ」とザーナンドが目を細める。「しかし、原蛇(げんじゃ)、古鏡(こきょう)に加えて、通火の刻印まで持っておるのか。

なんだ、その魔力は? 化け物か?」

「これは星のかけらじゃ。うらやましかろう?」

「いや」とザーナンドが言いよどむ。「ぞっとするわ」

 ザンダルは、息を飲む。

 星のかけらは、何年か前、世界中に降り注いだ「魔力の塊」だ。星の女王によれば、これをかき集めたものが、次の時代を支配する者となるという。その争奪戦が巻き込まれることを考えれば、巨大な魔力も必ずしもうらやましいだけではない。

「手伝いはいるか?」とザーナンド。

「いらぬ」とエリシェ。「我の魔法に、お前らの雑な鉤爪を持ち込むな」

 

 城砦のうち、魔鏡を安置した部屋が魔法の実行に用いられた。

 青龍の魔道師たちは、ためらいなく、エリシェ=アリオラを囲んだ。

「近いよ」と、エリシェは愚痴ったが、青龍の魔道師たちは気にしない。

「この方が、効率がよかろう?」とザーナンド。

「距離と効果は反比例するが、我が魔力の前では、気にする必要などない」とエリシェが押しやる。「もう一歩離れろ。今より詠唱をする」

 

 エリシェ=アリオラが上代語の呪文を詠唱する。

 高まる音調に合わせて、魔道師たちが目を閉じ、幻視に注目する。

 ザンダルは、エリシェの横に立たされていたが、一気に、幻視を押し込まれた。

 意識は肉体を離れ、再び、古代のレ・ドーラの戦場へと飛んでいく。

 

        *

 

 まるで、火龍の一頭になったかのように、空からレ・ドーラを見下ろす。

 多数の火龍が集う荒野が見えた瞬間、心臓が跳ね上がった。

 前回は、幻視に飲まれたまま、反応も出来なかったが、二度目となれば、もう少しよく幻視(み)えてきた。

 古き世代の龍王たちがレ・ドーラの一角に集まっている。鋭い1本角を頭部に持つ剣の龍王シュティーゴ、漆黒の鱗がきらめく黒龍王アロン・ザウルキン、霧をまとう霧の龍王ファーロ・パキールが目立つが、その横に、雷鳴の龍王ザイラスの姿があった。彼の龍王は、先年、《星の大公ザーン》帰還に伴う火龍戦役で目撃されている黄金龍である。

 そこから少し離れた場所にうずくまるようにいる、純白の鱗を持つのが白の龍王バール・ゴランであろう。混沌の龍王ゴアもいるはずだが、見つけることはない。

 

 それらの背後、高い丘に寝そべるのが、歌の龍王マーシュグラだ。七色に輝く鮮やかな鱗を持ち、薄紅の翅(はね)は、透き通った光の板のように見える。

 他の龍王たちは、彼女を敬するように、一歩離れ、顔を彼女に向けている。

 

 そう、まるで宮廷で王に向かうように。

 そうか、あれこそが玉座なのだ!

 玉座の地は、レ・ドーラなのか。

 

 そう思った瞬間に、マーシュグラが顔を上げ、ザンダルを見た。

 視線が魂を射抜き、一瞬、回避が遅れた。

 放たれたのは、歌だ。

 

 そう、歌だ。火龍の声に乗せ、破壊と殺戮の意志が歌になって放たれた。

 

 ザンダルの意識が途絶えた。

 

        *

 

「大丈夫か?」

 エリシェの声で自分が座り込んでいるのに気づいた。

「二度も火龍の歌に射抜かれたのだ。青龍の鱗がなければ、死んでいたかもしれぬな」

「他の方は?」とザンダルが見回すと、《龍牙のザーナンド》はじめ、先達の魔道師たちは健在どころか、子供のように浮き浮きした笑顔を浮かべている。若手の方が何人か、床に倒れているが、意識はあるようだ。

「ああ、これだけでもここに来た価値がある」と、塔の長は珍しく声がはずんでいる。「やはり、現場はよい」

「子供のようなことを言いおって」とエリシェが呆れる。「まあ、幻視(ゆめ)とはいえ、レ・ドーラの戦いが見られるなど、おぬしら、青龍座の魔道師にとっては、宝の山であろうな」

「龍王の観察ができた。感謝する」とザーナンドがエリシェの手を握る。「これで研究が進む」

「近い、近い。暑苦しい」

 エリシェの身から、暗い魔力が吹き出したが、ザーナンドを始め、心を火龍の鱗で覆った青龍座の魔道師たちは笑顔のままである。

「火龍の輩は・・・」

 そこで、ザーナンドが塔の者たちを振り返る。

「魔法陣を描き直す。玉座の丘まで案内できるか、ザンダル?」

 それは質問というよりも、確認である。

 ザンダルはうなずいた。

 

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