歌の龍王【71】火龍召喚(7)
*
黒の古鏡
汝の為すことはすべて汝に返る。
それを忘れるな。
*
言葉は力だ。
ザンダルは魔道師学院でそう学んだ。
思いがけない言葉が、魔法の力を持って刺さってくることがある。
たとえ、それを発した人物が魔力を持っていなくても、言葉には力が宿る。
「古めかしい言い方をするなら、言霊(ことだま)、言葉の霊力だ」
教導担当の魔道師が言った言葉だ。
その時は、ぴんと来なかったが、魔道師となり、幻視の力を駆使できるようになったら、言葉の意味が腑に落ちるようになった。
この時のアル・ストラガナ候の言葉もそうだ。
『力ある玉座を見出した時』
言葉によって、幻視が起動する。
見える、いや、見えた。
広大な谷間で、火龍が争い合う姿。
それはレ・ドーラの過去だ。
魔族は《策謀》によって、火龍同士を仲違いさせ、この地で火龍同士の最終決戦を勃発させた。火龍たちはまさにこの地で殺し合い、生き残った者も傷ついているところに、魔族たちが包囲戦を挑んだ。
世界の槍たる最強の殺戮者である火龍たちを殺すために、あらゆる手段が用いられた。
三つ首の魔龍ガイドレーを筆頭とする対火龍戦闘用の魔獣たちに加え、《赤い目の侯爵スゴン》のように、龍殺しに特化した魔族さえ生み出された。
そして、そこでザンダルは気づいた。
なぜ、ここ、レ・ドーラが戦場に選ばれたのか?
火龍は、飛翔する力を持ち、その戦いは立体的である。かような荒野を戦場に選んだ理由がなにかあるはずだ。
幻視。
ザンダルは、まるで、火龍の一頭になったかのように、空からレ・ドーラを見下ろす。
古き世代の龍王たちがレ・ドーラの一角に集まっている。
鋭い1本角を頭部に持つのは、剣の龍王シュティーゴ。この戦いの後、魔龍ガイドレーに殺され、後に、人の子に転生して復讐を果たした、と伝えられる。
漆黒の鱗がきらめくのは、黒龍王アロン・ザウルキン。現在まで生き延び、影の都に隠れ住むと言われている。
霧をまとう巨体は、霧の龍王ファーロ・パキール。青ざめた鱗と黄金の瞳を持つ。
それらの背後、高い丘に寝そべるのが、歌の龍王マーシュグラだ。七色に輝く鮮やかな鱗を持ち、薄紅の翅(はね)は、透き通った光の板のように見える。
他の龍王たちは、彼女を敬するように、一歩離れ、顔を彼女に向けている。
そう、まるで宮廷で王に向かうように。
そうか、あれこそが玉座なのだ!
そう思った瞬間に、マーシュグラが顔を上げ、ザンダルを見た。
視線が魂を射抜き、一瞬、回避が遅れた。
放たれたのは、歌だ。
そう、歌だ。火龍の声に乗せ、破壊と殺戮の意志が歌になって放たれた。
ザンダルの意識が途絶えた。
*
「ザンダル! 大丈夫か?」
カスリーンの声がした。
体を誰かが支えていてくれた。
力強い腕は海王ルーニクのものだ。
「幻視(み)たのだな」と、エリシェ・アリオラが確認する。
「何が幻視(み)えた?」
「玉座の地」とザンダルは答える。
「レ・ドーラの丘にして、歌の龍王マーシュグラがこだわった場所。
それを奪い合い、レ・ドーラの戦いは始まりました」
「それはいかなるもの」
「火龍の歌が、力を持つ場所でございます。
歌の龍王がそこで歌えば、その力を具現化できるのです」
「なるほど」とエリシェがつぶやく。
「龍の歌姫たるクラリア・エリマーグ、真理を歌う者なり」
それは魔族たちの生み出したる邪教の教え、龍王教典の一節。
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