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2022年3月30日 (水)

歌の龍王【74】火龍召喚(10)

 

        *

 

守護者

 

答えを求めるのは愚かしさのしるし。

ぬくもりはすでに我が腕のうちにあり。

 

        *

 

 今となっては、玉座の地は、単なる岩の高台に過ぎない。

 その周囲では多数の龍骨が発見されているので、レ・ドーラの戦いの中心地であることは間違いないとされていたが、あたりに充満していたおぞましい死龍の気配に紛れ、高台の調査はあまり進んでいなかったのである。

「さて、どこまでが《策謀》か?」

 その高台の端に着地しながら、ザンダルは呟いた。

「すべて、と思っておけば間違いない」

 フェムレンが空中でそう答える。そのまま、玉座の地に足をおろしたザンダルに何か生じないかを観察している。

「幻視は?」

「すでに先ほど、猫の王どのが・・・」とザンダルは幻視の内容を告げる。

「ここで、火龍を召喚するまでは、火龍も魔族も望ましい展開、という訳か。ならば、気にせずにいこう」

 

 青龍の塔の長みずから指揮することもあり、魔法陣を描き直す作業は非常に素早く進んだ。

 カスリーンの馬車がたどり着いた頃には、大半の作業が終わっていた。

 

「それでも、残り時間は少ないと考えるべきだろう」とカスリーン。

 すでに、北の地平には、土鬼たちの軍勢が見えている。棍棒王ラ・ダルカの側近が叩く太鼓の音が響いてくる。あと、一刻も経たぬうちに、やってくるだろう。

 アル・ストラガナ候率いるガラン族騎兵部隊が、アールラン城砦の先から運河を回り込み、偵察に出ているが、もはや、土鬼どもの足音が響き、土埃が立ち、偵察の必要もないほどだ。

 コーディスがアールラン城砦の弓兵隊を指揮して運河の際に配置する。

「ザンダル!」とカスリーンが呼ぶ。

 ザンダルは、高台を離れ、鉄の公女に駆け寄る。

「ザーナンド殿が最後の確認を行っております。大きな問題がなければ、そのまま、召喚の儀式に移ります。公女殿下は、ここにてお待ちください」とザンダルは言い、そのまま、エリシェとアナベルを振り返る。「殿下のことはお任せします」

「阿呆か、ザンダル。お前はここにいろ」とエリシェが言う。「儀式は、ザーナンドがなんとでもする。あれでも、塔の長じゃ」

 魔法陣の中央で、ザーナンドが振り返り、牙をむき出しにして笑う。

「火龍め」とエリシェ。「カスリーンは、今日、この線を超える」

 エリシェは、自分とカスリーンの間に、指で線を引く。アナベルはなぜかエリシェ側だ。

「その時の導き手として、ザンダル、お前がここにおる。

 カスリーンが、行き過ぎぬように導け」

「そういう点は、あなたほどの経験が足りませぬ」とザンダルが抗弁する。

「導き手とは、現状とその先の違いを理解できるものだ。足りないもの、これから得られるもの、そこで失うものを理解しているものにしかなれぬ。

 そして、困ったことに」とエリシェが笑う。「我は、もうそちら側にいた頃の気持ちなど忘れてしまったし、失った悲しみなど理解できぬ」

「エリシェ様はお優しい方ですね」とアナベルが言い添える。

「うるさい。この外法が」エリシェの言葉は案外、嬉しそうだ。魔族を信仰する異端者の女商人は、この人をやめた怪物とすら親しく付き合うすべを会得しているようだ。

「適材適所とも言う」とエリシェ。「我は、深淵の底から何かが忍び寄るのを見張るので、忙しい。カスリーンのことはお前とアナベルでなんとかしろ」

「認識しました」とザンダルは答える。

 

「我、龍の牙ザーナンドの名において、歌の龍王マーシュグラをこの場に呼び出さん!」

 ザーナンドの主導により、召喚の儀式が始まる。この儀式に加わるものたちが自らの名前を告げ、詠唱に加わる。

 召喚の儀式とは、世界の深淵の底へと呼びかけることである。

 魔族、龍王、妖魔の類にとって、形は仮の器に過ぎない。その本質は、深淵という巨大な魔力の渦の中に刻み込まれた名前である。もしかしたら、世界という機械仕掛けの歯車に組み込まれた装置のひとつかもしれない。

「マーシュグラ、歌の龍王の二つ名を持ち、青龍、八弦琴、翼人の星座に従うものよ」

 魔道師やまじない師、あるいは、司祭や神官は名前をもって、深淵に呼びかけ、その形を地上に顕現させる。それはまず、対応する星座の魔力として、術者の上に具現化し、形をなしていく。

 歌の龍王マーシュグラは、火龍であるので、青龍の星座に属するが、龍王たる者は、その他に複数の星座の力を持つ。マーシュグラの場合、歌を司る八弦琴がまず続く。本来、これはすべての歴史を見守る存在である。激烈な火龍の性質とは相反するものである。そのためか、さらに、死を司る翼人の星座からも力を得ている。翼人は、終わりの秩序、すべてに存在する終わりを管理する。

 

「青龍の牙を持ちて」

 

 魔道師たちの詠唱に答えるように、火龍の鱗に見える青き輝きが魔法陣の周辺から集まってくる。回収し終わっていない龍骨の破片から、魔力が形をなしていく。

 

「八弦琴のさざめきをもって」

 

 風の中に弦の音が響いた。まるで、名もなき吟遊詩人が過去の武勲を語るために、八本の弦を一気に弾いたようだ。虹色の風が青龍の青き魔力に合流していく。

 

「終わりの秩序たる翼人の羽音をもって」

 

 高台の周囲に、死龍の亡霊たちが湧き上がる。骨から火龍の幻が立ち上がり、純白のもやとなって、魔法陣の周囲に渦巻いていく。火龍めいた細長い姿が12とひとつ、高台を囲む。

 

「あれが火龍か?」とカスリーンが問う。

「いいえ、あれは亡霊にすぎませぬ」とザンダルが答える。「儀式はまもなく完了します。そこで具現化するのが歌の龍王です」

 

「我らは乞い願う。我らは呼び寄せる。我らは夢見る。

 さあ、いでよ、歌の龍王マーシュグラ!」

 ザーナンドが詠唱を締めくくり、上空に手を差し伸べると、その瞬間、魔力の渦が魔法陣に襲いかかる。描かれた魔法陣が見えない何かによって外側から打ち破られ、魔法陣の中に立つ魔道師に襲いかかる。何名かが血を吐いて倒れた。

「あれは?」とカスリーン。

「代償にございます」とザンダルが、カスリーンの前に立ち、宝玉の槍を構える。「魔法は本来、人の子に許されざるもの。大きな術を使えば、使うほど、その反動は大きいものでございます。龍王召喚なれば、被害も大きいもの。我ら魔道師、覚悟の上のこと。

 それよりも、参りますぞ」

 ザンダルが指差す先、魔力の渦が高台の上空に渦巻き、そのまま、白く輝く巨大な火龍へと変わっていく。

「歌の龍王にございます」

 

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