2019年8月13日 (火)

歌の龍王【64】棍棒王の南下(3)

        *

 

月待ち

 

運命は流転する。

 

        *

 

 棍棒王ラ・ダルカ率いる土鬼の群れが南下したことに対して、ユパ王国はカスリーン公女に、レ・ドーラ辺境伯の称号を与え、南部国境防衛の要とした。

 イクナーリ大平原に群居する巨人の亜種、土鬼は人の子に比べると、数倍の体格を持ち、凶暴さでは人の子の兵士10人に匹敵すると言われるが、性格が粗暴で、国家としてのまとまわりを持たなかった。巨人の七王国の時代には見られたような、神の下僕としての巨人族の叡智はもはやかけらも残っていなかった。木をそのまま引き抜いたような棍棒と、人の子の家の壁をそのまま持ち歩いているような巨大な円形盾以上の武装はなく、目の前の敵を殺してはそのまま食うだけだった。

 ラ・ダルカのような首魁が現れなければ、数百が集まることなどなかった。

 

 ラ・ダルカは怒号を上げる。

「レ・ドーラに踏み込んだ人の子どもを踏み潰せ!」

 傍らに据えられた巨大な棍棒を振り上げると、周囲に座っていた土鬼たちが立ち上がり、呼応する。

「踏み潰せ!」

「踏み潰せ!」

「踏み潰せ!」

 土鬼たちは野蛮な怒号を上げる。

 

「厄介だな」

 そうつぶやくのは、カスリーン軍の偵察部隊を率いるストラガナ侯だ。カスリーン自身の異母弟であり、西方草原から来たガラン族の騎兵を率いる浅黒い肌の貴公子である。

 馬の扱いにおいては、ユパ随一とされる彼であっても、一千を超える土鬼の群れに近づくのは避けたかった。こうして、遠目に眺めることがせいぜいである。

 土鬼は野蛮な巨人だ。弓などは使えないが、奴らの投げる石はガラン族騎兵が愛用する短弓よりよほど遠くまで飛び、当たれば骨を砕く。馬の足すら折りかねない。

 長弓兵や大型弩弓砲の出番である。

 カスリーンはラグレッタ城砦の東まで伸びた運河に水を入れ、これを防衛線とした。運河に水軍が浮かび、砲台を兼ねた浮城となった。その中核にいるのは海王ルーニクである。

 

「一尺でも東へ!」

 運河の掘削は続いている。水を入れずとも、深い堀は防衛に役立つ。土鬼どもが、レ・ドーラになだれ込む入り口を少しでも東にずらせれば、戦いは有利になる。柵と堀が巨人の動きを封じるのだ。

 

「そして、この魔法陣はどう使うのだ」

 鉄の公女カスリーンは、その名前にふさわしい黒い鉄の籠手で、ラグレッタ城砦の城館の上、あえて、平たく作った屋上に描かれた文様を指差した。

「我らは、龍を召喚できます」

 魔道師学院から派遣された魔道師たちの長フェムレンが言った。丁寧ではあるが、断固たる口調。彼は、この世界の中でももっとも畏れられる存在を召喚すると言った。

「操れるのだな?」

 カスリーンは問い返す。

 このレ・ドーラの地はかつて、龍たちが殺し合い、屍を晒す荒野である。これを領地とするカスリーンは、龍どもの恨みの強さ、狂気のあふれる思いをよく知っている。

 大地の浄化を兼ねて、龍骨を掘り出しているが、その結果、龍の亡霊の恨みに心を蝕まれる者、体調を崩して寝込む者が後を断たない。

「出来ます」

 フェムレンは強くうなずく。

「我らは、必要な事柄を知っておりますゆえ」

「では、召喚する龍の名を問おう」

 カスリーンの問に対して、フェムレンは一見、無表情な顔をほころばせた。

 彼はカスリーンの横に立つ助言役の魔道師ザンダルを見てから答えた。

「歌の龍王。それは夢を超える歌い手にございます」

 

 

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『歌の龍王』第64話です。

 やっとタイトルまで来た。

 少しずつ再開して参ります。

 

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2011年11月14日 (月)

歌の龍王【63】棍棒王の南下(2)


赤の風虎

甘やかな言葉を弄する前に
行動あるべし。

 棍棒王ラ・ダルカの名前は、イクナーリ大平原においては恐怖を表す。
 巨大な土鬼は兵として、人の子10人分とも言われるが、その怪物たちを数百、あるいは、千の単位で集め、従わせることができれば、もはや、立ち向かえる人の子の国はない。
 中原の中央部が今も、半ば荒野のまま放置されているのは、かつての巨人王国への敬意というよりも、土鬼との戦争の不毛さゆえである。特に、妖精騎士たちが姿を消して以来、妖精王国はもはや、大平原へ領土を拡大する力を失いつつあった。
 妖精王国から独立したユパ王国にとって、大平原への拡大は悲願であったが、ルケリア河東岸への領土拡大が難航してきたのは、ひとえに、土鬼たちの中に時折、現れる棍棒王のような首魁の存在である。
 普段は氏族単位で暮らしているニ十、三十の土鬼たちを軍隊で追い払うことは可能だが、棍棒王を奉じて、略奪戦争のため、集まった数百、千の土鬼を蹴散らすことなどできない。

 棍棒王ラ・ダルカは、すでに齢50を数えていたが、巨人の末裔である土鬼としては、まだまだ壮年にすら達していない。土鬼としても、ひときわ、大きな巨体を、配下に引かせた巨大な荷車の上の玉座にゆだねていた。周囲には、頭を垂れた土鬼たちが集まっている。その数、千余り。
 大平原の南部、レ・ドーラへ向かう途中の丘の上である。
 見渡す限り、巨大な土鬼たちが大平原に座り込み、ラ・ダルカに向かって頭を垂れている。
「我らが守護神、スゴンより天啓が下った」
 ラ・ダルカは怒号を上げる。
「レ・ドーラに踏み込んだ人の子どもを踏み潰せ!
 勝手に、河を引き、我らの縄張りを引き裂こうとする虫けらどもを踏み潰せ!」
 傍らに据えられた巨大な棍棒を振り上げると、周囲に座っていた土鬼たちが立ち上がり、呼応する。
「踏み潰せ!」
「踏み潰せ!」
「踏み潰せ!」
 土鬼たちは野蛮な怒号を上げて、南へと歩き出す。

 棍棒王南下の報が入るとともに、カスリーンはラグレッタ城砦に集う兵士たちを集めて演説した。
「我が民よ。ついに決戦の時が来た!
 かの棍棒王ラ・ダルカの名の下に、大平原の土鬼、一千余が群れをなし、この城砦に向かって南下しつつある」
 すでに、状況は知れ渡っており、兵たちより驚きや恐怖の声は上がらなかった。すでに、土鬼の群れを何度も撃退し、兵士たちには自信がつきつつあった。
「かつて、ラ・ダルカの名前は恐怖そのものだった。
 だが、我々はこの日のために備えてきた。
 兵を鍛え、武器を備え、防御を固めた。
 運河には我らの水軍が浮かび、騎士団も騎兵隊も歩兵隊も砲兵隊も皆、精鋭となった!
 さらに、南方から、東方から、西方から、北方から、魔道師学院から、援軍が集った」
 カスリーンの声は城の庭全体に響き渡る。
 ラグレッタ城砦に集う軍団はユパ王国国内から集まったものだけではない。
 ストラガナ侯の呼びかけで、西方草原からガラン族の騎兵がやってきた。
 海王ルーニクは、南方王国から船乗りや荒くれの戦士たちを引き連れて帰ってきた。アナベル・ラズーリに従うゲグ教徒の一団もいる。モーファットからも、援軍が派遣されてきた。
 直接関係のないはずのマイオス王国や、妖精王国の大公領、メジナ、アラゾフ、スイネすら、傭兵部隊を送り込んできた。この機会に、レ・ドーラの権益へ食い込むため、カスリーンに恩を売ることに決めたのだ。
 魔道師学院からも、4人の魔道師が到着した。
 フェムレンと弟子たちは、すでに城砦の屋上に巨大な魔法陣を描いていた。青龍座に対応した十二と一重の魔法陣。
「この戦いに際して、畏れ多くも、ユパ王国国王陛下は、私にレ・ドーラ辺境伯の称号を賜った!」
 カスリーンは黒鉄の篭手を振り上げる。
 ザンダルは大きく頷く。
 これは、ラ・ダルカとの戦いに先立って得られた最大の勝利のひとつだ。
 レ・ドーラ辺境伯。
 王家としては、宿敵ラ・ダルカとの激戦に突入する剣の公爵家息女に対する最大限の支援のつもりであろう。ラ・ダルカが侵攻方向を変えた場合に備えて、王国軍の主力は、ルケリア河沿岸に待機しなくてはならない。援兵が少ない分を名義と軍資金で補ったのだ。
 カスリーンとザンダルにとって、それは想定範囲であり、ありがたいことだった。
 この称号を得ることで、カスリーンは大幅な自由裁量権を得る。多くの勢力からかき集めた混成部隊を指揮するためにも必要な地位だが、これで、レ・ドーラは正式にカスリーンの領地になった。王になる。かつて、カスリーンが望んだ目標にまた一歩近づいたのだ。
 だからこそ、カスリーンは意気揚々と立ち上がる。
「我らは勝つ」
 彼女は黒鉄の篭手を振り上げる。
 兵士たちが歓呼の声で答えた。

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『歌の龍王』第63話です。

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2011年11月 6日 (日)

歌の龍王【62】棍棒王の南下(1)

紫の黒剣

支配するは我なり。
秩序こそが世界で最も美しい。

 年が変わり、三つ目の骨塚を越えた。
 中原では最も南に位置するレ・ドーラの荒野では、雪などは降らぬ。ただ、乾いた涼風が大平原を渡ってくるばかりだ。時折、季節外れの遠雷が南の山から響くが、レ・ドーラまで雷雨が下ってくるのは稀である。
「火龍の屍骨さえなければ、豊かな土地なのだな」
と、ザンダルはラグレッタ城砦の城壁で口にする。
 すでに、ラグレッタ城砦の手前まで達した運河の周辺では、水を得て草原が少しずつ広がり始めている。草が生えれば、生き物も増える。まず、ストラガナ侯率いるガラン騎兵たちが馬と羊、猟犬を持ち込んだ。草を追い、ルケリア河の周囲に住んでいた野生の鹿や羚羊なども運河沿いに南下してきた。
 運河の南側、レ・ドーラの荒野に入るまでのあたりの荒地は開拓地となった。まだ田畑が出来た訳ではないが、それでも、カスリーンに従う兵士と家族たちが住み着き、羊や牛、豚などを買う暮らしを始めた。
「形が整うまでに後3年はかかりましょう」と、答えるのは財務官のギルス・トラスである。「しかし、ギュネス公子の差配で、開拓村には冬越しの食料が送られました」
「宝冠の公爵の名義で、だな」とカスリーンが笑う。
「表向きは、カスリーン様とギュネス様の連名でございますが」と財務官。「荷馬車の後ろに、宝冠の公爵家が差配した芸人どもがついておりました」
「今は、それでよい」とカスリーン。「いずれ、運河沿いの村をひとつふたつ、ギュネス殿に与えねばならぬと思っていたゆえ」
「街道沿いにすれば、公子が道と港、それに市場を整えてくださります」と、ザンダル。内政開発は、宝冠の公爵家が得意とするところだ。恩を売れば、軍事外征への支援となって帰ってくる。かように、内政と軍事を分担するのが、ユパ王国を支える三頭政治の肝である。
「任す」とカスリーンはうなずいた。
「ところで」と、ザンダルは言う。「モーファット伯爵のご次男、オルドリク様の件は、あれでよろしいのですね?」
「ああ、まだ、私は婿を取って、子作りに専念する気はない」
 カスリーンは、黒鉄の篭手を握る。
「了解いたしました。運河沿いのひとつをアイリーン様に贈ります。
 ゾロエ殿によれば、城ひとつ寄越すなら、婿入りという形も受け入れるとか」
「我らが一族に入り込み、あわよくば、レ・ドーラの領主を目指すか。
 よいだろう。アイリーンには過ぎた婿だな」
 結局のところ、モーファット伯爵家との縁談は、カスリーンの妹アイリーンのもとに、伯爵家の次男坊オルドリクが婿入りし、ルケリア河と運河の分岐点に築きつつある河城の城主とすることで決着した。重要な軍事拠点であるだけでなく、運河がモーファットまで達した暁には、通行税を管理することになる城だ。将来の収益を考え、姉上やモーファット伯爵家の手前もあり、一族を配することになった。すでに、オルドリクはユパ入りし、騎士ゾロエ・アラノスと連携してユパ王国の宮廷で社交に勤しんでいる。若いが、優しく、節度を感じさせる男なので、有能な財務官をつければ、問題はなかろう。アイリーンとも似合いの夫婦になるだろう。狩猟と漁撈を司るプラージュ教団で学んだ司祭というのも、河を見守る城の城主にふさわしい。
「問題は、土鬼どもか」とカスリーンが運河の北に広がる大平原に目を向ける。今は、無人の荒野であるが、遥か彼方には、棍棒王ラ・ダルカが支配する土鬼たちの縄張りがある。冬に入り、食料が減ったことから、土鬼たちが南下の気配を見せているという。
「ストラガナ侯の放った物見によれば、ラ・ダルカの棍棒が見えたとのこと。
 すでに、数百の土鬼が集いつつあり、南下を始めた模様です」
「我らの防衛体制は?」
「このラグレッタ城砦より西は、運河の工事区画もあり、防備は固いものとなっていますが、ここより東、アールラン城砦までの間は、柵のみとなっております」
 運河の工事は大型の川船を通すため、幅100歩、深さ30歩を超す大型の堀を掘っている。注水されていなくとも、両岸に柵を立て、投石機や弩弓砲が並べば、鉄壁である。
「運河に水は入れられるか?」
「数日以内には」
 それはここ何ヶ月か、準備してきたことであった。いずれ、土鬼を束ねる大王、棍棒王ラ・ダルカが攻め寄せてくる。それはカスリーンも、ザンダルも、考えてきたことだ。
 レ・ドーラの中には建てたばかりのアールラン城砦は火龍の気配を嫌う土鬼たちも避けるだろう。やはり、狙いはラグレッタ城砦だ。
「水軍の招集を」

 そして、カスリーンとザンダルにとって最大の戦いが始まる。

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『歌の龍王』第62話です。
新章に入ります。棍棒王ラ・ダルカと土鬼の大軍がカスリーンの領地へと迫ります。

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2011年10月25日 (火)

歌の龍王【61】黒鉄の篭手と火龍の姫(9)

赤の黒剣

波乱の予感がする。
新たな何かが生まれ、
世界に飛び立っていく。

「思い出すべき時が来たようだ」とフェムレンが言う。

 ザンダルの心が冷たく澄み渡った。
 呪文〈龍王の加護〉の力だけではない。
 おそらくは、この瞬間のために、ザンダルは「鍛えられて」いた。
 自らの記憶が「改竄」されていたことに対する衝撃はほぼ打ち消された。
 想定範囲内だ。
 これならば、耐えられる。

 だが……

「お前とカスリーン姫の関係は、難しい」
 フェムレンは淡々と言う。
「我は、師に過ぎませぬ」とザンダルは答える。「姫君はすでに我が掌より旅立たれ、王国の礎を築きつつあります」
「人としての関係だ」とフェムレン。「分かっておるな」
「私は、」とザンダルは言い淀んだ後、フェムレンの前に膝を折る。
「我は槍。いずれ、火龍の理に飲まれる身」
「我らは急がぬよ」とフェムレンは微笑む。おそらくは作られた笑い。
「だが、レ・ドーラを進めば、お前もカスリーンも決断を迫られよう」

 そう。いつか、歌の龍王と相まみえ……
 答えを出さねばならない。

「忘れるな、ザンダル。我らが敵は…」
「不死なる魔族」
「《策謀》には、長き時がかかる」
「次の世代、いえ、子孫すらも《策謀》のうちにありましょう」
「12とひとつの年が巡った後に後悔しても、取り返すことなどできぬが、綾織を見つめる幻視者でなき、我らはただ前に進むのみ」
「左様」とザンダルは引き取る。「我ら、青龍は槍であることに価値がある」

赤の戦車

形なき混沌が現実だ。
これに秩序という形を与えて、
未来を生み出すのが我らの使命なのだ。

「ザンダル、誰と話している?」
 女性の声が割り込んできた。
振り返れば、そこには、黒鉄の篭手をつけた火龍の姫、カスリーンがいる。背後には、忠実なる騎士コーディルと、もはや、腹心となったアナベル・ラズーリの姿がある。
 視線を走らせると、周囲にドレンダルはおろか、フェムレンの気配もない。

(すべては幻視の内への介入か)

 ザンダルは納得し、カスリーンの前に膝を折る。
「失礼。我ら魔道師にはよくない癖がありまして」
「また、何か幻視(み)えたのか?」
 カスリーンは目を逸らさない。
「はい」とザンダルは覚悟した。「奇妙なる啓示を得ました。
 姫君は、いずれ、火龍の魂と相まみえることとなりましょう」
 いずれ、詳細は語るが、今は、注意を喚起するきっかけをお与えしよう。
「何を今さら」とカスリーンは、黒鉄の篭手を掲げる。
「このレ・ドーラに踏み込んだ時から、覚悟していたこと。
 そして、あの日、お前は言ったではないか?
 『この黒鉄の篭手が、姫様を守ります』と」

 ええ、その通りです。火龍の姫よ。

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『歌の龍王』第61話です。
今回は、短めに。

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2011年10月18日 (火)

歌の龍王【60】黒鉄の篭手と火龍の姫(8)

紫の古鏡

無垢ならん。
知らず。
聞かず。
疑わず。

 青龍の塔から来た魔道師フェムレン。妙にニコニコしながら、ザンダルと共同して、龍骨の野における採掘活動を指揮してきた男。龍王の猟犬を見てもその表情は変わらず、また、魔族《赤き瞳の侯爵スゴン》の解放すら可能性として示唆してきた。
「あなたは一体、どなたですか?」
 思わず、ザンダルは聞いた。
「何の芸もない質問だね、ザンダル君」
 フェムレンの口調は少しだけ上級の導師のものに変わった。
「分析は出来るだろう?」
 魔道師学院の魔道師は、理解力を問う。分析し、解析し、理解することのできぬ魔道師に価値はない。そう、謎の解けない魔道師になど用はないのだ。
 だが、そこで考えこむことが必ずしも最善手とは限らない。
「時間の節約です、フェムレン殿」と、ザンダルは言い切る。
「ドレンダルが干渉してきた以上、カスリーン閣下のため、最大効率で情報を開示願います」
「拙速もまた青龍のさが」とフェムレンはうなずく。「偽名は使っておらぬよ。
 ただ、我が青龍の塔の長、《龍鱗公バルナ》の直命を受けている」
 数年前より、青龍の塔は、激動の時代を迎えていた。
 ミスタクタイズ河流域で覚醒した《霧の龍王パーロ・ファキール》の調査に多数の人員が投入され、長を含む多数が死亡した。新たに長となったのが、《龍鱗公バルナ》で、顔の半分を龍の鱗に覆われているため、その名がある。
 ザンダルはその前に、ユパへ派遣されていたため、バルナとその側近には面識がなかった。フェムレンがそれなりに重責のある者とは思っていたが、塔の長の側近とは知らなかった。
「では、二つ、問います。
 まず、歌の龍王とは?」
「そこが、分岐点となる」とフェムレン。「まもなく、世界の運命が分岐する」
「それはすでに聞きました」
「いまだ目覚めざる龍王の器だ」
 ザンダルは確信したが、言葉は発しなかった。
「自制心は魔道師の宝だ」とフェムレン。
「カスリーンは、間違いなく、火龍の魂を持つ姫だ」
「ユパの剣の公爵家の血筋でしょうか?」
「それは確認できていない。だが、お前が派遣される前から、その兆候が察知されていた」
「火龍の姫を育成するために、私が選ばれたのですね」
 ザンダルの言葉はもはや質問ではなく、確認だ。
「黒鉄の篭手にも何か仕掛けがありましょうか?」
「あれは、心の鍵に過ぎぬ」
「外せば?」
「何故、カスリーンは王となることにあれほどこだわるかわかるか?」
 ザンダルはフェムレンの言葉に、カスリーンに見た幻視を重ねる。泣いていた少女。幼い頃のカスリーン。血の海に倒れ伏した侍女。
「あの篭手は、彼女の内なる火龍のやみがたい衝動を体現するものだ。
 カスリーンは内なる力を征服という野心に還元している」
「あれをつけたのは……」
「私だ」とフェムレン。「どうやら、あの時の暗示はお前をきちんと制御してきたようだな」

 ザンダルは、心のどこかで鍵が外れるのを感じた。
 さまざまな風景と言葉が一気に蘇ってきた。

「火龍の姫を守り、育てよ」
 遥か昔、青龍の長であった現在の魔道師学院の堂主アルゴスからの命令。
「いずれ、彼女は大いなる槍に育つ。
 火龍の器として、我らと同盟する《世界の槍》だ」

 それは、壮大な実験の一幕。

「そして、お前も」

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『歌の龍王』第60話です。
今回は、短めに。

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2011年10月14日 (金)

歌の龍王【59】黒鉄の篭手と火龍の姫(7)

紫の牧人

我はここで待つ。
汝の時が至るのを。

「赤き瞳の巫女ドレンダル」
 それは魔族《赤き瞳の侯爵》に仕える魔女の名前。
「ザンダル」
 魔女の声は陰々滅々とした調子で響く。

 かつて、「真理の探索者」と名乗る市井の研究家たちが幻視を危険な物として、幻視に反対する意見を魔道師学院に向かって具申したことがある。
 第一に、幻視とは、人の子の住まうべき現世から離れ、魔の領域たる深淵へと踏み込むことになるからだ。そこには、魔族や妖魔たちが漂い、おりあらば、人の子の魂を歪め、あるいは、くらってしまおうと待ち構えている。これが危険でなくてなんだろうか? 

(そんなことは最初から分かっている)

 幻視の中、仇敵と相見えながら、ザンダルは脳裏をよぎる記憶を振り払い、素早く、魔族の影響から魂の防御を固める《龍王の加護》の呪文を唱える。
 ずんと疲労が走り、呼吸が乱れたが、集中は切れなかった。
「魂を龍の鱗で覆ったか」
 ドレンダルがあざ笑うように言う。
「だから、青龍の魔道師は扱いやすい。
 心に鎧をまとって、もはや何も感じたりできない」
「何が言いたい?」
「忠告してやろう。魔道師よ。
 お前はなぜ、ここにいる?」
 同時に、夢の彼方で魔族が雄叫びを上げ、死の魔力を含んだ忌まわしい突風がザンダルの周囲を吹き荒れる。翼人座に属する魔族《赤き瞳の侯爵スゴン》だ。あれは、後三度に迫った解放の時を待ちわびているのだ。
「く」
 防衛の呪文を唱えた後でなければ、魂を刈り取られていたかもしれない。
「さ、答えろ、ザンダル」
 魔女は追い立てるように質問を重ねる。
 お前はなぜ、ここにいる?」
 ザンダルの脳裏で火花が弾ける。

 最初のきっかけは数年前だ。
 まだ幼いカスリーン姫の家庭教師として招かれた。
 塔の上役の推薦という。
 若い魔道師にとって、一国の上層部にいる上級貴族の家に招かれるのは、安全な第一歩である。その後の庇護者、支援者として申し分ない。

「いや、待て」

若き姫の家庭教師に、青龍を招くのか?
魔道師学院にも十二とひとつの塔があり、それぞれ得意とするあたりが違う。家庭教師として考えるなら、未来を慮り、夢を見通す力のある通火座の幻視者がまず挙がる。宮廷の助言者としても有能であり、いざとなれば、悪しき兆候を敏感に感じ取る。
黒剣の星座は、生命と治癒、そして、物事の支配を司るゆえに、宮廷医師を兼ねて招かれることがある。魔族の影響が強い地域では、あえて、原蛇の魔道師を呼び、秘儀にまつわる助言者とする場合もある。
だが、なぜ、ユパ王国の剣の公爵は、幼い次女のために、青龍の魔道師を求めたのか?
火龍とは縁のない国で。

(本当に、縁がないのか?)

 矛盾が生じた場合、前提を検証するのが、学問のあり方だ。
 論理が間違っていないのに、結論が導けないのは、何かが欠けているか、誤った情報を前提にしているからだ。

「そう、誤った情報だ」と、フェムレンの声が響く。龍骨回収のため、青龍の塔から派遣されてきた先達である。「お前は今、情報の欠落に守られている」

(幻視の中に介入してきた?)

 ザンダルは一瞬、動揺したが、《龍王の加護》のおかげで踏みとどまった。
 心に龍の鱗を生やし、魂を守る。

「《策謀》との戦いのために、お前はここにいる」
 フェムレンは予想通りに言葉でザンダルを支援する。
「どちらがお前を駒に選んだかは分からない」

 《策謀》

 魔族と魔道師の間に展開される暗闘。
 不死の魔族ゆえに、その陰謀は果てしない時の中で仕込まれる。
 今、ここで起きていることは、《策謀》の結実なのだ。
 おそらく、ザンダルだけでなく、カスリーンも他の者たちも、《策謀》の一環としてここにいる。レ・ドーラの龍骨を掘り、カスリーンが自らの国を求めるのも。

「さて、私の用事は済んだ」と、ドレンダルが微笑む。
「そういうことか」とザンダル。
 おそらくは、ザンダルに《策謀》の存在を伝えるために姿を表したのだ。
「次は、扉を開けてもらうぞ」

 そうして、幻視は終わり……ザンダルは思い出した。
 黒鉄の篭手と火龍の姫の意味を。

「封印なのですね」とザンダル。
「そうだ」と近寄ってきたフェムレンが答える。「カスリーンは、このレ・ドーラを治めるために生まれてきた」
「歌の龍王とは?」
「そこが、分岐点となる」とフェムレン。「まもなく、世界の運命が分岐する」

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『歌の龍王』第五十九話です。
今回は、短めに。

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2011年10月 5日 (水)

歌の龍王【58】黒鉄の篭手と火龍の姫(6)

黒の指輪

我が名前を遠くより呼ぶ者は誰ぞ?

 自分のあやまちという物はなかなか認めたくないものだ。
 たとえ、魔道師学院の教えがひたすら、客観的、論理的な物事の把握を求めていても、なかなか人の子というものは自分を把握できないものである。
「火龍の姫、火龍の魂」
 ザンダルは、海王ルーニクが言った言葉を反芻する。
 カスリーンに対する忠誠はザンダル自身も驚くほどのものだ。
 あの日、「王になりたい」と言った少女の苛烈なまでに強い瞳に、ザンダルは魅せられ、仕えてきた。一度は、モーファットの都で火龍の研究をするため、ユパを去ったが、なぜか、封印すべき《紅蓮の瞳》とともに、カスリーンのもとに戻ってきた。

(戻ってきた……)

 ザンダルは閃きを感じて目を閉じる。
 幻視の力が頭蓋と心臓の間で目覚めていく。
 心の中で、時と空間の綾織に手を伸ばす。

(火龍の姫。まずは過去へ)

 ザンダルは自分の記憶を元に、過去を幻視する。
 過去、いや、ザンダルの脳の内側で再構築された過去のある場面。

「記憶は事実ではない。
 現実を記憶する際、お前の脳と心が保持するために、圧縮した濃度差を持っている。
 そして、人がその濃淡の綾織に意味を与える」

 通火の幻視者が講義する言葉が流れる。
 幻視の力とは単独のものではない。
 確かに、それを滑るのは、通火の星座とされるが、それだけではまさに「幻視(み)る」だけに過ぎない。「幻視(み)た」ものを解釈し、分析し、理論化し、回答を導き出すには、受け取る側に想像力、観察力、分析力と、それを裏打ちする膨大な知識が必要となる。例えば、魔族の影を幻視したとしても、魔族の知識がなければ、それがいずれの魔族でいかような力と意図を持ち、どのように行動するかを知ることはできない。

「常に警戒せよ。
 お前の記憶に干渉しようとする者がいる。
 それこそが魔族の《策謀》の一手だ」

 淡い光に包まれた光景。
 高貴なる姫が命じる。
「我が王となるその日まで、汝は我が側におれ」
 少女は、年上の魔道師に命じる。
 謹んで、その手にくちづけする魔道師。

(懐かしき光景。あの頃から、カスリーン様は火龍の魂をお持ちであった)

 ふっと心が和み、ザンダルはそのまま、夢の中で漂ってしまいそうであった。
 だが、そこでザンダルは踏みとどまった。
 微かに笑い声が聞こえたからだ。
 悪意ある嘲笑の笑い。
 ねっとりと絡みつくような女の声。

(この声は……まさか。
 いや、予想されてしかるべきであったか。
 赤き瞳の巫女ドレンダル)

 それは魔族《赤き瞳の侯爵》に仕える魔女の名前。
 幻視の中の懐かしき風景は一瞬で、壁に描かれた淡い浮き彫りに変わり、モーファットの都の底、じっとりと濡れた回廊が夢の中に浮かび上がる。
 それはかつて、ザンダルが魔剣使いのナルサスや騎士ゾロエ・アラノスらと、魔女を倒した場所。ナルサスの魔剣《野火》に切られた魔女は、乾いた羊皮紙が崩れるようにその肉体を破壊されたはず。
 だが、ザンダルの目の前で、湿気に濡れた石畳を覆う石の板の一枚が引き裂かれ、そこからじっとりと濡れたドレンダルが這い出してきた。まるで、生まれたばかりの赤子のように白濁した液体に濡れている。
「ザンダル」
 魔女の声は陰々滅々とした調子で響く。

(ぬかったな)

 幻視の途中で、介入されるとは?
 ザンダルは己のうかつを恥じた。
 おそらくは、これもまた《策謀》の一幕。

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『歌の龍王』第五十八話です。
今回は、短めに。

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2011年9月29日 (木)

歌の龍王【57】黒鉄の篭手と火龍の姫(5)


緑の戦車

命短き者よ。
生き急ぐな。
お前の生きる大地は
常にゆっくりと歩む。

 城の雰囲気が変わった、とザンダルは思う。
 渦の海の海王ルーニクはもとより快活な男で、南方人の船乗りらしいおおらかさを持っており、その雰囲気が周囲を明るくする。黒鉄の姫カスリーンに向かって、口説き文句を口にしても嫌味のないのはおそらく、その人柄ゆえであろう。
 カスリーンにとって、歳の近い女友達が出来たこともあるだろう、とザンダルは分析する。アナベル・ラズーリは有能な秘書官として、コーディスやザンダルの気が回らぬあたりを補佐している。財務官ギルス・トラスは有能で忠実だが、あくまでも、年上の官僚である。相談役として信頼をおけるが、相談できる事柄には限界がある。同じ財政面の相談先であるギュネス公子は、友好的であるが、国内的には競争相手である宝冠の公爵家から来た男だ。色々、下心もある。
 そういう意味で、アナベルはカスリーンの中で重要度を増している。
「さて」
 ザンダルは思わず、口に出した。
 状況を分析し、計画を立案する。
 魔道師として、ザンダルに出来ることは8割方、こなした。
 カスリーンの回廊に関する基本的な流れは作った。
 後は……

「ルーニク、念のため、聞いておきたい」
と、ザンダルは海王を呼び止めた。
「いつまで、ここにいられる?」
「1年かな?」と、ルーニク。「あるいは、アイオロスの爺様が死ぬまで」
 アイオロスとは、果ての海の海王を自称する老人である。
「あと、ゾラの馬鹿が暴れると困るな」
 ゾラは、カーフュンの港を支配する死人使いのまじない師である。死人に漕がせる二段櫂船で周辺の海域を制圧し、自らこそ渦の海の覇者であると名乗っている。ルーニクにとって、油断のならない敵である。
「いずれ、戻ると考えていいのだな?」
「ああ、今回は諸々あって、ここまで来たが、渦の海には戻らねばならぬ」
 その表情を見て、ザンダルは何かを感じた。ざわめく波、海の匂い。そして、あの日、グナイクに集いたる海王たちの姿。渦の海のルーニク、風の海のカーディフ、光の海のザラシュ・ネパード、闇の海のウィンネッケ、果ての海のアイオロス、炎の海のヨーウィー。八つの海をすべる海王のうち、6人までが集い、《津波の王》と戦った。その中で渦の海ルーニクは一番の若輩ではあったが、決して力が劣っていた訳ではない。中原の運河を走る軍船ごときに、海王が出るほどのものではない。
 つまり、ルーニクの来訪もまた、《策謀》との兼ね合いか?
 おそらくは海王たちのいずれか、アイオロスかウィンネッケのいずれかが、何かの兆候を予見したのかもしれない。
「何を幻視(み)た?」
「俺は何も」とルーニク。「ただ、闇の海のウィンネッケが、海の騎士と宝玉の大公の北上を予見した。そして、歌の龍王の名を聞いた」
 海の騎士は、アナベルが信仰する深海の神ゲグの別名でもある。おそらくは、封じられた魔族であろう。

*

「ゲグ神の正しき名前は封じられております」と、あの日、ライン・ラズーリは答えた。「おそらくは、古き戦いで海に封じられた際に、禁じられた名前なのでしょう。ゲグ神の啓示では、かの神が真の名を取り戻したる時、世界で最後の戦いが始まるとされております」
「世界で最後の戦いとは剣呑な」とザンダル。
「いえ、ゲグ神は、魔神に奪われた王者の指輪を取り戻すのです。それにより、真の支配者を得て、世界から戦いが無くなるのです」
 それは、おそらく、後継者の指輪にまつわる物語が歪んだものに他ならない。大いなる時代の終わり、そこで時代の支配種族は「後継者の指輪」を失い、新たな支配種族が選ばれる。
 それは予言だ。
「いつか、妖精騎士の時代、妖精代が終わる」
 ザンダルは、学院の歴史講義を思い出す。
 妖精代に分類される現在の「時代」は、「後継者の指輪」が虚空に消えたことにより「末期」に入った。時の支配種族たる妖精騎士はすでに滅びの時を迎えつつある。「後継者の指輪」を発見し、世界を支配したものが次なる時代を作るのだ。
「十二と一つの星座の時代が経巡るという理論に従うならば、通火の世が終わった後に来るのは、変化と幻影の支配する野槌の世、獣の王の時代である」
 講義をしていた老魔道師は傍らの魔道書を開く。
 予言の書である。
「妖精代9528年、白の風虎の年。
 獣の王、西に至り、冬を解き放つ」
 大音声に読み上げたのは、ここ数十年、議論の対象となってきた予言の一節である。その成立の年はもうすぐ近づいている。
「魔道師であるあなたさまであれば、ご存じでありましょう」
 ライン・ラズーリの言葉がザンダルを現実に引き戻す。
「緑の翼人の年、炎の王、月下に吠え、友去りなん」
 それは、今年の予言だ。

「いや」とザンダルは頭を振る。時は流れている。すでに、ユパにとどまること半年以上、白の風虎の年は残り少ない。
「黒の八弦琴の年。
 黒き盾持てる武勲の者、龍を倒す」
 ザンダルはつぶやく。
(それは真実なのか?)
 言葉には出来ない。
 予言書すら、《策謀》の道具である。

「焦るな、魔道師殿」とルーニクが強く言う。「《策謀》は常にお前の周囲にいる。おそらくは、ここに俺とお前がいることも《策謀》の結果かもしれぬ。
 だが、船乗りはそうは思わない。これも風次第。
 辿りつけるなら、風は大歓迎だ」
 そこで、ルーニクは思い出したように手を叩く。
「あの姫はまさに火龍の魂を持っておられる」
 ルーニクの頬が赤くなっている。
「物陰で言い寄ったら、拳で殴られた。
 黒鉄の篭手で、だぞ」
「カスリーン様」
 ザンダルは頭を抱えた。
 城主の姫に言い寄るルーニクもどうかしているが、鉄の篭手で殴り返すカスリーンの男らしさも見上げたものである。あれほど人あしらいのうまいカスリーンだが、その本性は実に率直で、言い方は悪いが、軍人の娘らしく粗暴である。
「あれは別に好きな男がいるな」と、ルーニク。
「はて」とザンダルは首を傾げる。コーディスやストラガナは忠実だが、カスリーンは兄や弟以上に思っていない。他に思い当たる若者などいない。
「これだから、魔道師と言うものは、人の心が分からないというのだ」
「無理を言うな」とザンダル。「私の専門は火龍だ」
「カスリーン姫は、火龍の魂を持っている。お前の専門だ」
「いや、それは比喩表現に過ぎぬ……」
 ザンダルはそこで言葉を切った。
 何かひっかかる。
 なぜだろう?
「比喩などでないとしたら?」

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『歌の龍王』第五十七話です。

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2011年9月15日 (木)

歌の龍王【56】黒鉄の篭手と火龍の姫(4)

 偽り

私はすべて。
すべては私。
他に何もない。


「風がザンダルを追え、と言った」
 そう、ルーニクは笑った。
「その結果、これほど美しい姫に会えた」
 若き海王は、カスリーンにお辞儀をする。
「我は、このような者ぞ」と、カスリーンは黒鉄の篭手を鳴らして見せる。
「じゃじゃ馬は嫌いじゃない」と、ルーニク。「面白そうな状況じゃないかい?」
 ルーニクは不敵に笑い、カスリーンの宮廷に集まった男女を見回した。
「多士済々、とでもいうのかねえ」
 若き海王の言葉は、まさにこの場を言い表すのに適切な表現であった。
 黒鉄の姫たるカスリーンの横には、彼女の忠義の騎士たるコーディス・ランドールと、参謀役たる青龍の魔道師ザンダルが控え、さらに、側近として、宝冠の公爵家より来たギュネス公子、ガラン族を率いるアル・ストラガナ侯、モーファットより外交特使として滞在している騎士ゾロエ・アラノス、最近、姫の個人的な友人として徴用されているアナベル・ラズーリ、アールラン城砦の守備隊長となったボルツ、工兵頭のキリク、財務官のギルス・トラスと、ずいぶん幅の広い陣容である。さらに、隅で妙ににこにこしているフェムレンは屈指の魔道師である。
「ルーニク、我らが建造しているのは河船だぞ」と、ザンダルは言う。「お前の支配する渦の海に比べたら、ずいぶん狭い場所だぞ」
「そこに水があるなら、船に乗った海王は無敵だ」
「面白い」と、カスリーンが笑う。「アナベル、この男を船大工の棟梁に合わせろ。あの老人が認めたら、船長はこのルーニクだ」
「せめて、海軍司令官と言ってくれ」
「悪いが、ユパには、そもそも海軍なぞない」とカスリーン。内陸国のユパはもっぱら、騎兵と歩兵の国である。水軍専門の将軍もいない。「お前が戦果を上げれば、初の水軍提督にしてやるさ」
「よかろう。見ていろよ」
 ルーニクは、軽く礼をすると、さっさと出ていった。アナベルも軽く礼をして、その後を追った。
「風のような男だな」と、カスリーンは微笑んだ。
「まあ、素早さが信条の男です。実力もあります」とザンダル。
「よろしいでしょうか?」と、騎士ゾロエが言った。「あの話、私にも参加させていただけませんか?」
「ゾロエ殿?」とカスリーンが問い返す。「水軍の話ですかな?」
「私も、湖の国モーファットの騎士。こう見えても、水軍の指揮には一家言がござる。よろしければ、私にも一隻お与えいただけませんでしょうか?」
「では、急げ」とカスリーンは微笑む。「ルーニクが船大工の棟梁をたらしこむ前に、追いつく必要があろう」
「御意」
 そそくさと出かける騎士の後ろ姿を見送ったカスリーンは、ザンダルとコーディスの方をちらりと見た。
「分かりました」とザンダルが立ち上がる。「コーディス殿、参りましょう。このままでは、姫の御座船まで、ルーニクに取られてしまう」

 結局のところ、アナベルが建造した三隻の軍船は、海王ルーニク、騎士ゾロエ、騎士コーディスを艦長として、それぞれ、金の波号、銀の風号、黒鉄の篭手号と名付けられた。コーディスが艦長となったのがカスリーンの御座船である。ルーニクの金の波号がまず、完成し、海王船を操ってきた船乗りたちが士官として乗り込んで、ルケリア河と運河に進水した。
 金の波号の特色は、ルーニクが追加させた三角帆と二機目の大型弩弓砲、両舷の装甲板、そして、船の前方、水面下に作らせた衝角である。
「ルケリア河で海戦をやる気か?」と、船大工の頭が呆れた。
「こいつがないと、どうも落ち着かねえからな」とルーニク。
 皮肉にも、それが役立つ時がしばらくして、やってきた。

 発端は、運河工事区画への土鬼の攻撃であった。
 運河の工事は、ルケリア河から守備用の小城砦を作りながら、進められていた。運河沿いには、木の柵を作り、人夫たちを守るために、ストラガナ侯のガラン族騎兵が巡回していた。すでに、運河は100里、徒歩で12日以上の距離に達し、ユパの同盟国である中原の小都市レドランの南を通過していた。運河の幅は約100歩と広く、軍船が行き来できる一方、運河の南側に配置された投石機や大型弩弓砲が土鬼の渡河を拒んでいる。二、三十の土鬼であれば、ガラン騎兵と守備隊で撃退できるはずだった。
 だが、その日の攻撃は、二百を越える数だった。
「近づきすぎるな!」
 アル・ストラガナは、偵察隊が土鬼の群れを捕捉した段階で、周囲に使者を飛ばすとともに、土鬼の進軍を遅らせるべく、散発的な襲撃を仕掛けた。
 短弓の射程ぎりぎりまで近づき、さっと矢を放って逃げ出す。
 馬上から放たれる短弓は、土鬼に致命傷を与えるほどではないが、無視できるほどではない。怒って群れから離れれば、馬上槍を構えたガラン騎兵が突進し、一体ずつ葬った。
 決して、効率のよい方法ではないし、ガラン騎兵だけで倒せる数ではない。
 だが、ストラガナは囮の達人であった。
 気づくと、土鬼の群れはすでに運河が出来上がっているあたりに誘導されていた。
 土鬼たちは、川岸に敵を追い詰めたと思って突進した。
「河沿いに逃げろ!」
 運河と土鬼の群れに挟まれたかに見えたガラン騎兵たちは、するりと抜けだす。そのまま、運河の川岸に殺到する土鬼に向かって対岸から大型弩弓砲や投石機が放たれた。
 さらに、運河の上に滑りこんできたのが、金の波号だ。
 甲板上から、二機の大型弩弓砲を発射する。
 ルーニク自身は、帆柱の上にいた。
 じっと敵の軍勢を見据えてから、弩弓砲の砲手に指示を出す。
「右の前列、あいつを狙え!」
 砲手たちは、ルーニクの指示をよく分かっていた。土鬼たちの中でも先頭に立つ古強者に向かって弩弓の太矢が一気に飛ぶ。
「左舷、大弓放て!」
 二段櫂船の特色は、全員が腕力自慢の剛弓使いであることだ。大きな櫂を操り、船を走らせる船員たちは、大弓を軽々と弾く腕力の持ち主である。二段櫂船は、速度を落とす代わりに、上段櫂を操る船乗りをそのまま、射手にできる。金の波号は動く砲台である。
 無論、土鬼もただやられるだけでは終わらない。
 船に向かって巨石を投げてくる。
 だが、ルーニクの目は、飛び交う巨石の落下地点を見切って、船を進ませる。
「下段櫂! 漕げ!」
 そして、風に向かって声を上げると、船を守っている水の精霊がすっと、その船足を加速する。金の波号は狭い運河とは思えないほど軽やかに船体をひねり、進行方向を狙って投じられた巨石を回避する。
 よほど、悔しかったのか、何匹かの土鬼が運河に飛び込む。
「泳げるのか、お前たち」
 ルーニクがあざ笑う。もちろん、乾いた平原で暮らす土鬼たちは泳ぎなど知らぬ。浮かぶこともできず、次々に、そのまま、水に沈んでしまうのが、それでも無理矢理水をかいて船に迫ろうとする。
「大弓、近づかせるな!」
 大弓や弩弓砲が水中でもがく土鬼たちに打ち込まれていく。
 なんとかもがいていた土鬼の血が運河を染める。
「艦長! 一体、運河を渡ります!」
 見張りが叫ぶ。
 見れば、対岸では、弩弓砲が動きを止めている。おそらく、索状に支障があるのか、次の太矢を仕込めずにいる。
「抜かせる訳にはいかねえなあ。全速前進!」
 ルーニクの指揮で、二段櫂をまとめるための太鼓が連打される。ルーニクは綱を伝って一気に舵の前に滑り降りた。
「行け、金の波!」
 速度を増した金の波号は風のように運河を走り、運河を渡りかけた土鬼に正面から激突した。船首の下に仕込まれた衝角が、土鬼の首をへし折った。
 金の波はそのまま、土鬼の上を走り抜け、そのまま、優雅に方向転換して見せる。わずか100歩の運河とは思えない動きである。
「右舷、大弓!」
 一気に速度を上げつつ、向きを変えた金の波号は、運河をルケリア河方向にさかのぼりつつ、土鬼の群れの上に矢をばらまいていった。

 後に、ルケリアの河城と呼ばれるユパ王国水軍の始まりである。

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『歌の龍王』第五十六話です。
海王を出したら、海戦やらないとねえ。

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2011年9月 7日 (水)

歌の龍王【55】黒鉄の篭手と火龍の姫(3)

紫の翼人

あらゆる拘束を断ち切り、自由にする。
肉体といういましめからも解き放たれるがよい。

 剣の公爵の次女、カスリーンは御年18歳となるが、今も、戦場に立ち、常日頃より、両手に黒鉄の篭手をまとっている。ドレスの上からつけた黒鉄の篭手。ゆえに彼女は黒鉄の姫とも呼ばれる。

「ザンダル、覚えているか?」
 カスリーンは、つぶやくように言った。
「この篭手の意味を」
「ええ」とザンダルは答える。「それは証でございます」
「そうじゃ」とカスリーンは答えた。「我は、成人の折に誓った。王になると」

 そう、それこそがカスリーンが龍骨の野、レ・ドーラにいる理由。
 それこそが、ザンダルがここにいる理由でもある。
 剣の公爵家の次女カスリーンは、火龍のごとき魂の持ち主であった。
 5年前まで、彼女の家庭教師であったザンダルはその理由を感じ取っていた。
 幼少の彼女が体験した陰惨な暗殺の風景。
 彼女の前に、血まみれで倒れている侍女の姿。
 その時に感じた怒りと憎しみが彼女を突き動かしている。
 ザンダルは、彼女のその気持ちを抑えるのではなく、一本の槍に鍛え上げた。
 この姫は、火龍のごとき心を持って、その穂先を磨き上げた。

「三月もすれば、アナベルは軍船を用意できよう」と、カスリーンは言う。「城には多くの志願兵が集まっておる。レ・ドーラでは宝を掘っているという噂が広がっているようじゃ」
 それは、アナベルの仕掛けであった。
 250の樽とともに入国し、レ・ドーラへ向かう前に、あえて王都ユパで大きな商売をして、レ・ドーラの富に関する噂を広げた。ルケリア河からの運河工事にも人が集まり、レ・ドーラへ向かう水路の一部が開かれるのも間もなくと見られている。予定をずいぶんと上回る流れである。
「レ・ドーラ城砦からの前進に、あとどれほどかかる?」
 龍骨の野の入り口にさしかかり、カスリーン軍の東方進出は一旦、止まっていた。狂気の源である、死龍の骨を掘り出す作業にとりかかったためである。
「後、一月ほどで」
 魔道師学院から派遣されたフェムレンと魔道師候補生たちは、発掘の手順を確立し、すでに最初の骨塚を掘り上げた。名の知れぬ龍王は、頭骨を除き、ほぼ全身が確認され、型を取り、調査された後、学院や諸国に売却された。
「頭はありませんでした。
 おそらく、魔族が持ち去ったのでしょう」
「その火龍は恨んでおるのかな?」
と、カスリーンが聞いた。
「火龍の人格は、凶暴にして貪欲、冷酷にして残虐ですが、妙に鷹揚な部分もあります。
 かの龍王の猟犬のごとく、恨みを忘れぬ部分もあれば、戦いを愛し、好敵手を賞賛するとも言われております」
「なぜ?」
「火龍にとって、地上は仮の宿に過ぎません。あの者たちには、もっと厳しい戦場がございます。世界の深淵の深き果て、終末の浜辺こそが、彼らの真の住まうべき場所」
「では、なにゆえ、地上に出現するのだ」
「転生の癒しを受けるためでございます。
 あれらは、世界の槍。
 戦いに傷ついた火龍たちは、終末の浜辺よりこの地上に転生し、一時の癒しを受けた後、自ら英雄の刃によって死に、本来の戦場に旅立つと言われております」
「地上での乱行が、あれらには、癒しというのか?」
「我ら学院が集めた火龍からの証言を総合した仮説にございます」
「火龍から話を聞いたのか?」
 カスリーンは、呆れた。
 火龍と言えば、人の子など、ちょっと生きのいい餌にしか考えていない。人の子が蟻を踏みにじるように、火龍もまた人の子を踏みにじって気にもかけない。
 火龍の放つ狂気は、見た者を狂気に追いやることすらある。
 もとより、火龍に近づいて無事な訳がない。
 しかし、ザンダルはまるで当たり前のように答える。
「もちろんです。研究対象が知性ある者ならば、会話は当然の選択です」
 こういう時のザンダルは、妙に無表情になる。
 冷静と言えば、冷静だが、どこか、人としての感情が欠落したように見える。
 おそらく、青龍の魔道師とはこういうものなのかもしれない。
 そう言えば、フェムレンとその弟子たちも、どこかたがの外れたような部分がある。
「火龍を倒す、捕らえる、という選択よりも、会話の方が危険性は低いのです」
 カスリーンは言葉を飲み込む。
 火龍を倒すべく、訓練された兵員を送り込み、全滅するのに比べれば、若い魔道師1名が接触を試みた方が失敗時の損失は少ない。おそらく、そのような冷徹な計算だ。ザンダルも、そうして接触をするべく、モーファットで日々を過ごしていた。
 いつか、火龍への接近を果たし、彼らと会話する。
 それがザンダルの人生であったはずだった。
「だが、お前は私のもとに戻ってきた」
「御意」
「それもまた、誰かの《策謀》か?」
「それは、いずれ分かります。もしも、我らの企てが《策謀》の結果ならば、アナベル・ラズーリに続く者が現れるでしょう」

 果たして、それは次々と現れた。
 多くの者たちがレ・ドーラの開拓に参加し、運河は最初の一区画が注水された。掘削作業の範囲も広がり、ラグレッタ城砦の周辺に船着場が作られることも決まった。
 フェムレンとその弟子たちは、骨塚に続く荒野で骨を拾って歩き、徒歩で一日分、進んだあたりにレ・ドーラで二番目の城砦、アールランが築かれた。
 ラグレッタ城砦の守備隊長ボルツがアールラン城砦の城主に抜擢され、工兵頭のキリクとともに、城砦建設から仕切った。この時、アートという名前の新参者の傭兵がボルツに気に入られ、歩兵槍隊に加わった。

 そして、二月が経った頃、二人の男がラグレッタ城砦に姿を表した。
 一人は、予想された人物である。
「モーファット伯爵領の使者、騎士ゾロエ・アラノスであります」
 大柄な騎士は、古き家柄の出にして、件の赤き瞳の魔女ドレンダルが出現した際、ザンダルとともに、討伐に参加した人物だ。
「来訪を感謝する」とカスリーンが言った。
 すでに、モーファットとは何度も使者が行き来し、カスリーンの意図は伝えられているが、運河の建設が始まったのに対応し、モーファットからも、運河が開かれることとなり、その打ち合わせを兼ねた外交特使として、ゾロエが派遣されてきたのである。
「モーファットとしても、このまま、ユパがレ・ドーラ全域を飲み込むことを見過ごすわけにもいかぬだろう」
 騎士の来訪を聞き、カスリーンはそう呟いた。
 モーファットは湖に守られた水上都市であり、それゆえに、隣国という脅威を長らく持たなかった。土鬼と火龍のみが主な脅威だったが、火龍に餌付けすることで、土鬼の脅威も減っていた。だが、カスリーンの道がレ・ドーラを抜け、水路が開削されれば、モーファットの地位が上昇する一方、カスリーンら、ユパ王国の影響を受けることにもなる。
 下手をすれば、ユパの属国にもなりかねない。
 そこで、自らもレ・ドーラ貫通運河に加わり、領地を拡大することにしたのだ。
「カスリーン殿下の計画は、我がモーファットにとっても、発展のきっかけとなります。ぜひとも、ご協力いたします」
 ゾロエは、ラグレッタ城砦に留まらず、最前線のアールランまで足を伸ばし、建設の状況、兵員、開拓の様子などを見て回った。ザンダルは、隠すことなくすべてを見せ、大型弩弓砲の設計図の写しまで渡した。
「カスリーン殿の度量の大きさには感服いたした」とゾロエ。「あれでわずか18歳とは末恐ろしいわい」
 だが、その目は決して笑っていない。
 隣国に若き逸材がいることは、決して嬉しいことではない。盟友たる間はよいが、戦乱の時代、いつ事態が変わるかどうかも分からない。
「ご結婚のご予定は?」とゾロエが探りを入れる。裏切りを避ける最善の方法は、人質を兼ねた政略結婚だ。剣の公爵家の次女とあれば、モーファット伯爵家としても、歓迎すべき嫁である。
「我は、この企てに命をかけた身。今のところ、考えてはおらぬ」と、カスリーン。「それとも、伯爵殿が我を嫁に欲しいと?」
「ご検討ください」とゾロエ。「伯爵家には、御年17歳になります、次男オルドリク様が居られます」
 そう言えば、とザンダルも思い出す。確か学者気質で、プラージュ教団の神殿で学んでいたはずだが、戻ってきたのかもしれない。軍人というよりも、神殿の司祭にふさわしい優しい若者であった。
「我は、このような身の上」と彼女は、黒鉄の篭手を示す。豪華なドレスとは似合わぬ無骨な武具が彼女の肘から指先までを覆っている。この数年、彼女が篭手を外した様子を見た者は、側仕えの侍女だけという。世の中には、彼女の篭手の下には醜い刻印があると噂されている。それゆえ、カスリーンは父の公爵をも説得し、未婚の身を貫いて来られたのである。
「お優しいオルドリク様でしたら、ぜひ、我が妹アイリーンこそふさわしいかと」
 カスリーンは妹の名前を上げた。
「ぜひ、一度、オルドリク様には、ユパへおいでくださるようにお伝えください。
 私の妹もまず、お会いしてご挨拶したいと思っておるでしょう」
 双方とも、納得する決着点であった。
 ゾロエはモーファットとの仲介役として、しばらく、ラグレッタ城砦に滞在することになり、縁談の件は使者がモーファットとユパの間を行き来することになった。
「後は、父上に任せよう」
 自分の縁談話を妹に放り投げたカスリーンはザンダルに微笑んだ。
 ザンダルは何も言わなかった。

 もう一人の来訪者は、レ・ドーラの荒野に最も似合わない南方の若者であった。
 彼の名はルーニク。渦の海の海王である。

「ザンダルよ。そろそろ、船乗りが必要ではないかな?」

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『歌の龍王』第五十五話です。

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