永遠の冬【64】帰還
夢を見ていた。
果てしない夢を。
ウィリス11歳の夏。
声が聞こえた。
名前を呼ぶ声。
メイアの声だ。
ウィリスは分かっている。
ここまでの旅路を覚えている。
《冬翼様》を迎えに、北の山へ行ったことも、火龍と戦うために戻ってきたことも、みんなみんな知っている。
グリスン谷を氷雪に埋めてしまった。
故郷は、もはや、火龍とともに氷の下だ。
それはしかたないことだった。
あのまま、火龍に焼かれて、食われてしまう以外にこれしか方法がなかった。
それは、ずっと昔から《冬翼様》や魔道師が考えてきたこと。
そして、ウィリスは知っている。
自分がお迎え役として、次の役目を担うことを。
《冬翼様》は、この地にて火龍とともに眠りにつく。
この谷は、永遠の冬に捧げられ、火龍を封じる場所になる。
ウィリスは、眠り続ける《冬翼様》とその眷属の司祭となるのだ。
この地に神殿を築き、未来永劫、祈りと舞いを捧げていくのだ。
「ウィリス」
ああ、メイア。
君の声が聞こえる。
君は無事だったのだね。
「ウィリス」
大丈夫。今、帰るから。
ウィリスは《冬翼様》から浮かび上がり、風に乗ってメイアの下に向かう。
「ウィリス」
風の中で形を取る。
僕は雪狼の姫様のように、この場所にいる。
メイア、帰ってきたよ。
永遠の冬の中で。
ウィリスはつぶやき、メイアに向かって両手を差し伸べる。
泣かないで、メイア。
僕らはずっと一緒だよ。
ウィリス11歳の夏は、永遠の冬へと続いていく。
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【終章:魔道師学院 十五人委員会】
「終わりました」
魔道師学院の最高議決機関である、十五人委員会において、幻視者カイリ=クスが報告した。彼女は「スイネの瞳」と呼ばれる学院有数の幻視者であり、レディアス=イル=ウォータン、および、棘のある雛菊エリシェ・アリオラの行動をその異能によって追跡していた。
「霧の龍王ファーロ・パキールは、《冬翼の大公》ペラギス・グランによって封印され、グランもまたグリスン谷にて眠りにつきました。
《冬翼》の影は、ロクド山系を覆い、永遠の冬が始まりました」
場に揃った十二と一つの塔の長たちがかすかに声を漏らす。
「大きな譲歩だな」
と、黒剣の塔を統べる《大剣のゼル》がうめく。
「予言書に記されたことでもあります」
と、幻視者たちが属する通火の塔の長、《薄明の公女メアル》が指摘する。そう、予言の範囲である。この時のために、魔道師学院は備えてきた。
「時代の終わりがまもなく来る」と、原蛇の塔の《双面のレト》は断言する。「ロクド山系に、《永遠の冬》が来た今、東方より《永遠の夏》もまた迫りましょう。我らがなすべきは、最小限の被害で時代の後継者となること」
「新たな戦火が、辺境騎士団領を襲っております」と、伝奏役のリュジニャンが報告する。「すでに、フィンドホルンは屍の群れに奪われ、黒き翼が北の塔に舞い降りた。ジャガシュの地は、火の神を奉じる蛮族に襲われ、黒蟻どもは、新たな女王を誕生させました」
一同は、上座の堂主アルゴスを見つめる。
青龍座から出た学院の支配者は、ゆっくりと口を開いた。
「我らの行くべき道は、変わっていない。
雪狼の眷属は、しばし、お迎え役殿に預けるとしよう。
白き仮面と雛菊を呼び戻せ。
あの者たちに、もう少し、働いてもらおうではないか?」
かくして、ひとつの物語が終わり、世界は新たな戦いに向かう。
(終わり)
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これにて、一旦、おしまい。
長い間おつきあいいただきありがとうございました。
朱鷺田祐介
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